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日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事

 投稿者:日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事  投稿日:2018年 1月12日(金)06時39分0秒 KD182251241007.au-net.ne.jp
返信・引用
  新年一般参賀での天皇陛下お出まし際、陛下がやたらとポケットに手を入れる仕草をされ、ポケットをアピールされていたのは、1985年8月12日の日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事の際、不時着で全員生存の乗客乗員のうち数十名が、救助を偽った埼玉県警のお巡りさんや日露自衛隊によりヘリで魚尾のポケット公園近くの寺院に連れてこられ、生々しく虐殺された後、ミンチ肉レベルまでめった切りにされ、現在もなお埋設されているという、前代未聞の惨憺たる残忍な殺害に、心をいためられており、集まられた12万人以上 の皆様に対し、こうした埼玉県警や日露自衛隊のやりかたに、抗議問題提起されたかたちである。
なお、この件に関しては、群馬県警の警部が あの埼玉県警の理解しがたい越境殺人は残忍で問題だと思うので記事にして欲しいと懇願に来たり、若い群馬県警の刑事が 御巣鷹関連行事の際 お前、埼玉からか埼玉県警は御巣鷹でたくさん殺したんだからなとつかみかかって来て周囲からとめられたりといったことが日常茶飯事の状況で、そのまま救助されると思っていた乗客乗員が交番及び警察署のお巡りさんたちの手で殺害ミンチ肉になってしまった件は未だにくすぶり続けている状況である。
また、地元の方によれば、山の上の方が騒がしいため見に行ったところ飛行機が不時着しており全員生存していそうで問題無さそうなのでそのまま下りてきたが翌朝の報道では飛行機もバラバラになっておりこれは夜間に何か大変なことがおこったのだろうと皆で話したということである
 
 

先生と生徒の対話から学ぶJAL123便墜落事故の真相 その28

 投稿者:せきたに  投稿日:2018年 1月 3日(水)16時07分3秒 M014010082032.v4.enabler.ne.jp
返信・引用
  【先生】
 杉江 弘さんは『JAL123便墜落事故 自衛隊&米軍 陰謀説の真相』の39ページには、次のような記述があるが、君の見解を聞かせてほしい。

「青山氏が挙げる小学生の文集によれば、18時45分、上野村上空で大きい飛行機と小さなジェット機が一緒に飛んでいる様子を目撃した、とあるが、フライト・レコーダーによれば、同時刻に123便は大月市上空を飛行中である。この一点だけをとっても、証言というものがいかに不正確なものであるかがおわかりいただけるだろう。後述するように123便の緊急事態を受けて、ファントム機がスクランブル発進したことは事実であるが、「一緒に飛んでいる」ことはありえない。別々に目撃したものを「一緒に飛んでいる」と記憶のなかで混同してしまっている可能性が高いのである。」

【生徒】
 論理的には変な文章ですね。

【先生】
 どう変なんだい?

【生徒】
 だって、杉江弘さんは18時45分の時点において上野村上空でファントム機が飛んでいたという目撃情報はありえないとして否定されていたでしょう。

【先生】
 だから?

【生徒】
 小学生たちは何も18時45分に上野村上空でJAL123便を見たとは言っていないじゃないですか。

 「大きい飛行機と小さなジェット機が一緒に飛んでいる様子を目撃した」

とあるだけですから、子供が見た大きい飛行機がJAL123便であるとは限らないということになります。

 杉江弘さんの言われることが論理的に整合性を持つには、18時45分頃、上野村上空で2機のファントム機が飛んでいたということが公式的に認めらている場合であるはずです。

【先生】
 それはなぜ?

【生徒】
 18時45分頃に上野村上空で2機のファントム機が飛んでいたことが公式に認められていて、しかもその時刻に上野村上空には別の飛行物体が存在していなかったということが明らかな事実なのであれば、杉江弘さんが言われるように、ファントム機が上野村上空を飛行していたときと同じ時刻にJAL123便は大月上空を飛行中であったので、子供たちの証言は虚偽であるということになってくるはずなんです。

【先生】
 なるほど。しかし、それじゃ次のようにも言えないか?
 18時45分頃、上野村上空に2機のファントム機の存在が公式に認められるような情報ではなかったということになると、杉江弘さんが言われるように目撃情報の方がいいかげんな情報であったとして否定されるべきじゃないのか。

【生徒】
 いえ、それはまた少し別の問題じゃないでしょうか。

【先生】
 それはどうしてだい?

【先生】
 上野村上空で2機のファントム機が飛ぶ姿を見たという目撃情報は1人や2人の情報ではなく、もっと多数の眼によるものです。そして、そのとき大きな飛行が一緒に飛ぶ姿が目撃されていたというのならば、公式発表されなかっただけで、実際にはその時刻に子供たちの眼に写った被写体が存在していたという可能性が考えられるべきなんだと思います。そして、その可能性が的を射たものであればJAL123便は18時45分に大月上空を飛行していたのですから、同時刻に子供たちに目撃されたという上野村上空を飛ぶ大きな飛行機というのは必然的にJAL123便とは異なる飛行機であったということになってくるはずです。

(その29に続く)
 

先生と生徒の対話から学ぶJAL123便墜落事故の真相 その27

 投稿者:せきたに  投稿日:2018年 1月 2日(火)00時04分39秒 M014010082032.v4.enabler.ne.jp
返信・引用
  【先生】
 2機のファントム機の件についてはどうかね。
 青山透子さんの『日航123便 墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』の中で、JAL123便が墜落するよりも前に2機のファントム機がJAL123便を追尾するようにして飛んでいたとする目撃情報が語られており、一方で杉江 弘さんの『JAL123便墜落事故 自衛隊&米軍 陰謀説の真相』では墜落前のファントム機の目撃情報には根拠がないとして否定されているようだが・・・

【生徒】
 そのことに関しては、私なりの意見があります。
杉江 弘さんは『JAL123便墜落事故 自衛隊&米軍 陰謀説の真相』には下記のように青山透子さんが紹介される2機のファントム機のことを紹介されています。

以下、同書39ページ~41ページからの引用

 また、青山氏は目撃情報のあった2機のファントム機について、次のように断定している。

 「その後の日航123便は横田基地に着陸しようと向かう途中でなぜか大月上空をくるりと回っているが、時間的にはちょうどその頃、ファントム機が追いついたと思われる。しかし、ファントム機はそこから上野村へ直接向かって、ずっと上野村上空を旋回していたことになる。
 例えば、そのファントム機の搭乗員と機長はなんらかの会話を交わし、その結果、日航123便は山に向かって針路を変更せざるを得なかった、と考えると説明がつく」

 しかし、これもブラックボックスを開けて、きちんと物的証拠を検証すればわかることだ。ブラックボックスには、先ほどから私が言及しているDFDR(デジタル・フライト・データ・レコーダー)と、もうひとつCVR(コックピット・ボイス・レコーダー。以下、ボイス・レコーダーと表記する)によって、コックピット内の音声が記録されている。異常発生から墜落までの、123便のコックピット・クルーたちの懸命の努力とその最期を記録した確たる証拠だ。乗客乗員の命をあずかるパイロットとしての緊張感と、死を前にした恐怖心が葛藤する、まさにその現場の生の声を伝えるボイス・レコーダーは、同じパイロットだった人間として、現在も聞くだけで、胸にこみ上げてくるものがある
 しかし、そのボイス・レコーダーの記録には、青山氏が言うような、ファントム機の搭乗員と高濱機長とのあいだで交わされた「なんらかの会話」はそもそも存在しない。乗員同士、もしくは管制官以外との会話、やり取りは一切録音されていないのである。

 それでは、ファントム機のスクランブル発進についてはどうだろうか。
 同日、実際に茨城県小美玉市の航空自衛隊・百里基地においてスクランブル発進命令が出され、2機のF-4Jファントム機が緊急発進している。青山氏が紹介する目撃証言では、ファントム機が追尾していたとする最も早い証言は、静岡県藤枝市上空である。フライト・レコーダーの記録を参照するならば(青山氏も基本的にはフライト・レコーダーの記録に基づく公式発表の飛行経路図を参照しながら論を進めるが、自分の主張とあわない部分だけは、これを無視しているようだ)、123便が静岡県内陸部から山梨県へと飛行していったのは18時31分から18時45分頃にかけてである。しかし、公式記録では、百里基地のファントム機2機のスクランブル発進命令は、18時57分にレーダーから機影が消えた後に19時01分に大中康生一佐が松永貞昭空将の了解を得て出したもので、実際に発進したのは19時05分とされている。
 実際にファントム機が発進した時刻が本当に19時5分かどうかは、所沢の管制センターのレーダー記録を見ればわかるが、ここで百歩譲って、自衛隊の公式発表なども改竄されたもので虚偽なのではないかと主張されるのであれば、それに対しても反論しておこう。
 123便に異変が起きた18時24分、管制官の度重なる呼びかけの後、自衛隊へなんらかの救援要請を行ったとしよう。自衛隊の司令部は、まず任務の内容をパイロットにブリーフィングして、そのうえで命令を出す。それからわずか数分間で静岡県上空に達することなど、ファントム機といえども物理的に不可能なのだ。可能だとするなら、それはスクランブルの実態を知らない意見である。
 従って青山氏が得た目撃証言の2機のファントム機が、同時間帯に静岡から山梨に飛んでいたというのはありえないことで、この点の整合性をどう説明するのか。そして、その物的証拠は一切ない。そもそも、ファントム機が飛んでいたという前提がありえないならば、氏が想像するストーリーも根底から覆らざるをえないであろう。

書物からの引用は以上。

 まず、JAL123便が墜落する前に2機のファントム機がJAL123便を追尾するように飛んでいたという目撃情報に基づく存在については公式的には認められないとして否定されているようですが、それにしては事故当日、立場の異なる複数の目撃者によって2機のファントム機が目撃されているのが不思議です。

 青山透子さんの『日航123便 墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』 106ページ
 実家から静岡県藤枝市にある運輸関係の会社まで車で通勤しておられた、事故当時22歳の女性からの18時35分頃における目撃談。

 ・・・その機体を見た後、いつもどおりの道を車に乗って帰宅途中、今度は目の前を飛ぶ二機のファントム機を見た。時間は先ほどのジャンボジェット機を見て5分くらい過ぎてからだという。田舎なので高い建物はなく、突然視界に入ってきた。・・・

青山透子さんの『日航123便 墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』 111ページ
 自衛隊第12偵察隊(相馬原)の一等陸曹、M・K氏の手記

 「8月12日私は、実家に不幸があり、吾妻郡東村に帰省していた。午後6時40分頃、突如として、実家の上空を航空自衛隊のファントム二機が低空飛行していった。」

 事故当日、大月あたりで子供会のキャンプに参加しておられた角田史郎さんによる著書『疑惑 JAL123便墜落事故』

 大月でキャンプをしている18:40~18:43頃、「JAL123便を追いかけるようにして飛ぶ2機の自衛隊機を見た」

 そして、事故当日における上野村での小学生たちによる18時45分頃の目撃情報へと続きます。

 これらの目撃情報について、先生はどのように思われますか?

【先生】
 立場の異なる複数の目撃情報は証拠に匹敵すると私は言い続けてきた。その主張を変えるつもりはない。君が上に紹介した複数の目撃談は立場の異なる人たちによるものであり、しかも時系列的にも一貫性がありそうだ。

【生徒】
 ただ、青山透子さんの『日航123便 墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』 106ページ
 に、「公式発表で19時5分に出動となっているファントムが、すでに実際には飛んでいたことになる。」
という表現は少し残念なところです。

【先生】
 どう残念なんだね?

【生徒】
 墜落前に目撃されていたファントム機は公式に墜落直後の19時5分にスクランブル発進されたというファントム機と同じでなくても良いのではないかと思うのです。同じであると断定してしまうと、整合性がとれなくなったときに突っ込まれる材料になってしまうじゃないですか。

【先生】
 なるほど。墜落前に目撃された2機のファントム機と墜落後にスクランブル発進された2機のファントム機は同じでも良いし、異なっていても良いという意味かね?

【生徒】
 その通りです。墜落直前に目撃された2機ファントム機が一旦基地に戻り、スクランブル発進の要請を受けて再度飛び立つことが物理的に可能であればそれでも良いですし、墜落前に目撃されていたファントム機とは全く異なるファントム機が墜落後にスクランブル発進されていたとしても良いのではないかと思えます。

 また、杉江弘さんは、墜落前に目撃されていた2機のファントム機が実際のものであったはずがない。なぜならば、仮に18時24分頃のJAL123便に異常事態発生という呼びかけに応じてスクランブル発進したとしても、目撃されるような時刻に飛び立つことは物理的に不可能とされているところがありますが、その時刻における2機のファントム機は公式記録にはないので、必ずしも、18時24分の緊急事態発生の呼びかけに応じた形でスクランブル発進していなくとも良いということになってくるはずです。

(その28に続く)
 

先生と生徒の対話から学ぶJAL123便墜落事故の真相 その26

 投稿者:せきたに  投稿日:2017年12月31日(日)19時49分8秒 M014010082032.v4.enabler.ne.jp
返信・引用
  【先生】
 杉江弘さんの書物でほかに頷けないところは。

【生徒】
 38ページ~39ページに目撃情報の危うさについて語られているところです。

 「小学生の文集に寄せられた目撃情報については、たとえ複数の航空機を同時に見たとしても、実際には時系列が異なっていた可能性も否めない。というのもこれまで世界中で起きた墜落事故の例では、目撃証言の時系列的な錯誤が極めて多いのだ。たとえば、ある目撃者は「燃えながら墜落した」と証言した。ところが事故機をよく検証してみると、「墜落した後に炎上した」ということが判明した。このように私たちの記憶。その結果、「墜落した後に炎上した航空機」を「炎上しながら墜落した航空機」と錯誤し、それを現実に目撃したと証言してしまうのである。」

 上の杉江弘さんの説は一般論としてはよくわかるのですが、JAL123便墜落事故の場合、墜落現場はすぐには確認されなかったはずです。この事故の場合、後で編集された上野村の小学生による文集だけを問題にされというものは、一方で確実な証拠のように思われるが、他方ではたいへんに不確かなものなのだ。本当は別々の瞬間に見たものを、記憶のなかではそれを無意識に、同じ瞬間、同じ視界のなかで見たもののように合成してしまうるのは片手落ちで、墜落当日、まだ墜落現場が確認されていない時刻の目撃情報として、「炎上しながら飛んで行った」といった内容の目撃情報が、墜落直後に一般人から寄せられており、それが報道メディアに紹介されていたはずです。墜落現場がまだ確認されていない時点で、「炎上しながら飛んで行った」といった目撃情報を語った人たちにとっては墜落現場はまだ見れていないわけですから、墜落現場が炎上しているということとの記憶の混同は起こらないので、墜落事故当日、墜落現場が見えない周辺でそういった目撃情報が複数存在したというのなら、本当に炎上しながら墜落したのではないかという可能性は当然考えてみるべきだと思います。

(その27に続く)

 

先生と生徒の対話から学ぶJAL123便墜落事故の真相 その25

 投稿者:せきたに  投稿日:2017年12月24日(日)21時51分24秒 M014010082032.v4.enabler.ne.jp
返信・引用
  【先生】
 杉江弘さんの『JAL123便墜落事故 自衛隊&米軍陰謀説の真相』について頷けるところを二つ述べてもらったので、今度は頷けないところを一つ述べてくれないか。

【生徒】
 頷けないところですか。
 そうですね。まずは、急減圧が起きたか起きていなかったかというところで、杉江弘さんは急減圧が起きたことを前提に説を展開されています。 そして、急減圧が起きた原因については、81ページ~82ページにかけて記されている7年前におきた大阪伊丹空港で起きたしりもち事故の際のリベット接合に関する修理方法にミスがあったとされています。
 しかし、接合部付近の圧力隔壁の金属疲労が通常の場合よりも早く進んで、一番弱くなったところに穴が空いたとしても、まずは圧力隔壁の内側から外側への空気漏れといった現象が起きるはずです。圧力隔壁の内側から爆破でもしない限り、ある一回の飛行中に突然大きな穴が空いてしまうというのには違和感があるし、もしも仮に圧力隔壁にかかる与圧の圧力が隔壁の弱くなった箇所を内側から大きく破ってしまうほど強烈なものだとしたら、どこかに穴が空いたその次の瞬間には与圧領域内のものがその穴から与圧領域外に向けて吸い出されていく現象が必然的に起きるはずです。

 79ページに示されるスケッチでは、JAL123便の場合、圧力隔壁が破れた箇所は客室の天井部分よりも上で、後方の部分になっていますが、それだと、落合由美さんの次の証言と一致しないことになります。
 「私の頭上の少し前の天井に、整備用の50センチ四方の長方形の穴があって、蓋がついているのですが、その蓋が私のほうに向いて開いていることに気がつきました。壊れたのではなくて、何かのはずみで開いたという感じです。」

 客室内の天井よりも上で急減圧が起きたというのならば、その急減圧の影響で天井部分に付いている蓋は、仮に急減圧が起きたときの衝撃でねじがはずれて下方向に開いたとしても、次の瞬間には天井裏で生じた急減圧の影響で上方向に吸い付くような格好となり、ねじがはずれているのに下方向には落ちてこないはずです。もしも蓋が何かにひっかかって開いたままの状態だったとしたら、今度はその穴に向けて客室内のものが吸い出されるような空気の流れが生じるはずですが、そのような空気の流れが生じているようには感じられません。杉江弘さんの書物の75ページにも、酸素マスクが落下してきている写真を掲載されていますが、この写真は急減圧が起きた後に機内で撮影されたものであると思われますが、客室内のものが上方向に引っ張られているような様子は全く見当たらないと言っても良いのではないでしょうか。

 また、被害者遺族である小田周二さんという方が著された 『日航機墜落事故 真実と真相』 という書物の81ページに1986年に起きたタイ航空機の事故内容が紹介されています。

 「1986年10月26日、乗客乗員247名を乗せたバンコク発大阪空港行きのタイ航空機A-300型機が高知県土佐湾上空約10,000メートルを飛行していた20時頃、機体後方で「ドーン」という音がして、圧力隔壁(バルクヘッド)が吹き飛んだ。

 爆発原因は暴力団員が持ち込んだ2個の手榴弾がトイレで爆発したというもので、2つのトイレは大破し、圧力隔壁(直径3メートル)は3分の2が大きく破損した。

 機長は後に、「20時頃、機体後部で爆発音がして、約5,000メートル急降下し、15分間にわたってダッチロールした。その後、操縦機能が回復して緊急着陸出来た」と事態を説明した。

 その間、多くの乗客はシートベルトを着用しておらず、体が宙に浮いて前の座席や機体の壁に全身を打ちつけ、悲鳴が飛び、血まみれになった人もいたという。その後、手探りで酸素マスクを着用し、約40分にわたって祈る気持ちで着陸を待ったという。

 この爆発で圧力隔壁の3分の2が吹き飛び、機内には急減圧が生じた。機内与圧空気は機内を強い風となって通り抜け、最後部にある洗面所の化粧台を倒壊し、圧力隔壁後方に抜けたのである。しかし、機体後部胴体部には異常がなく、垂直尾翼、水平尾翼とAPUも損傷を受けなかった。」

 圧力隔壁と呼ばれるものは7,000メートル~10,000メートルもの上空では風船がぱんぱんにふくれているのと同じようにふくれている状態だといわれており、それぐらいの上空で突然に破裂すると客室内では急減圧現象が起きるのが当たり前で、それに伴ってものすごい空気の流れが生じるのは間違いないところだと思えるのですが、仮に10,000メートルの上空で飛行中、突然圧力隔壁が破れて急減圧現象が起きても、垂直尾翼や水平尾翼、APUなど、飛行機の外板を構成している部材はそれによって生じた風圧に耐えるには十分頑丈に出来ているということをタイ航空機の事故は証明しているのではないでしょうか。

 タイ航空機の事故においては、10,000メートルの上空において圧力隔壁が損壊して急減圧が起きた事故であるにもかかわらず、垂直尾翼、水平尾翼とAPUも損傷を受けなかったのに、JAL123便の場合は仮に事故調査委員会の発表通り、7,000メートルの上空で圧力隔壁が損壊したのだとしても、その直後に油圧系統の配管やAPU並びに垂直尾翼までもが内側から破壊されてしまうということが、杉江弘さんの書物では圧力隔壁が損壊したら、さも必然的にそうなってしまう現象であるかのごとく述べられているように感じられてしまうのです。

 杉江弘さんぐらいの方が1986年に起きた上記の事故内容をご存じないはずがないでしょうから、それならば、JAL123便においては圧力隔壁の損壊が起きて急減圧が生じ、その後、必然的な現象として油圧系統が損傷し、そして垂直尾翼の半分以上が吹き飛んでしまったという現象と、10,000メートルの上空で圧力隔壁が損壊し、急減圧が起きたことがはっきりしているタイ航空機の事故では機体後部胴体部には異常がなく、垂直尾翼、水平尾翼とAPUも損傷を受けなかった。

 JAL123便が相模湾上空を飛行中、突然圧力隔壁が破れたのが事故原因というのであれば、1986年にタイ航空機で起きた事故と原因が類似する事故であると考えられますが、それなのに、両者においては客室内で起きた現象や垂直尾翼の損傷度がまるで違うのです。タイ航空機の事故内容を杉江弘さんの書物では全く触れられていないのですが、次はぜひとも両者の事故を比較する形で取り上げていただいて、両者で起きた現象の違いについて、誰もが納得できる科学的で合理的な説明をしてもらいたいものです。

(その26に続く)
 

先生と生徒の対話から学ぶJAL123便墜落事故の真相 その24

 投稿者:せきたに  投稿日:2017年12月23日(土)20時39分19秒 M014010082032.v4.enabler.ne.jp
返信・引用
  【先生】
 ふっ・・・。落合由美さんのその証言を機首が動かなかったことの根拠に持ってくるとは君もずいぶんと思慮深くなったものだ。

【生徒】
 何か問題がありますでしょうか?

【先生】
 いや、別に。
 他に杉江弘さんの書物で頷けるところがあれば言ってみてくれ。

【生徒】
 杉江 弘さんの『JAL123便墜落事故 自衛隊&米軍 陰謀説の真相』 41ページに
 「青山氏も基本的にはフライト・レコーダーの記録に基づく公式発表の飛行経路を参照しながら論を進めるが、自分の主張とあわない部分だけは、これを無視しているようだ。」

と記されていますが、この箇所は私も同感です。

 杉江弘さんが指摘されるように、青山透子さんは事故調査委員会から発表された内容を基本的に否定しながらも、ところどころは事故調査委員会の発表内容を追随されているように感じられる部分が見受けられます。

 例えば、フライト・レコーダーの記録に基づく公式発表の飛行経路を認めるのなら、実は超低空飛行であった箇所があるといった論調は自己矛盾をきたしてしまうので、認めるのなら超低空飛行の箇所があったといってはいけないし、認めないのなら、ところどころフライト・レコーダーの記録に基づく飛行経路に沿った表現をすべきではないと思います。

 青山透子さんは日航のステュワーデスでいらっしゃったようですから、立場上、「フライトレコーダーに記された記録を私は全否定します、認められません」と言ってしまえばそれはそれで物議を醸すことになってしまうので、フライト・レコーダーを完全否定できない心情はわかりますが、それではご自身が著された書物全体に一貫性がなくなり、説得力に欠ける中途半端なものになってしまっているのではないかと思います。

 そして、その中途半端さはどこからくるのかといえば、書物には大胆なことを記されながらももしかしたら本当はご自身の確信にまでは至っていないで半信半疑のままの部分があるのではないかと察せらるのですが、そういったところはどうしてもこわごわと他の書物の受け売りや引用で文章を繋げていっておられるような印象を受けてしまうのです。

(その25に続く)

 

杉江氏の123便事故の真相

 投稿者:瀬尾和寛  投稿日:2017年12月22日(金)01時42分7秒 KD124209155221.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  杉江弘氏の書籍53ページに図示されている前後方向加速度G・横方向加速度G・垂直加速度G・機首(同書では、機種)方位度の出典は、 別冊)航空事故調査報告書付録 付録5 付図ー1  DFDR拡大図 91~92ページ である。

◆事故調の報告書は信用できない
・ボイスレコーダーは原則非公開
日本ではボイスレコーダーは非公開だが、事故調査委員会でのみ聞くことができる。但し、日航123便は事故報告書を通じ一般に公開されている。一方、日航社内では、事故の生のボイスレコーダーは社員に公開されている。しかし、123便の生のボイスレコーダーだけは遺族への配慮を理由に非公開となっている。(青山透子氏)
日航はなぜ公開しないのか? 日航本社に保管されている生のボイスレコーダーと、事故調が公表したレコーダーは内容が異なるという疑惑が残る。

2.杉江氏の事故原因の真相こそ破綻している
フライトレコーダー、ボイスレコーダーの記録を踏まえて、異常発生から5分30秒過ぎたころ、酸素マスクを着用していない3人のクルーは会話が少なくなり、管制官の呼び出しにもすぐに応じなくなった。だから、3人は低酸素症になり、急減圧が起こっていたと主張している。「隔壁破壊説」につながる証拠であるかのように見える。
生存者の証言によれば、「パーンという高めの音が後ろの天井あたりでした。ほとんど同時に酸素マスクが落ちてきた。音と同時に白い霧のようなものが出た。それは数秒で消えた。空気の流れは感じなかった」という。白い霧のようなものが出た、との証言から、瞬間的な機内圧力の低下はあったことは確かだ。
酸素マスクが客室内に垂れ下がる条件は、通常二つある。一つは、機内圧力が高度14000フィートに相当するところまで低下したしてしまった場合、もう一つは、機内圧力に関係なく、航空機関士の計器盤のスイッチを操作して酸素マスクを強制的に落下させる場合である。123便のケースはいずれのケースでもなかった。二つの条件以外の理由で垂れ下がった。急減圧は発生しなかった。パーンという音がした後、急減圧によって酸素マスクが垂れ下がったと考えるのは不自然。123便で発生した減圧によって垂直尾翼が破壊されるとうことは起こり得ない。



 

先生と生徒の対話から学ぶJAL123便墜落事故の真相 その23

 投稿者:せきたに  投稿日:2017年12月21日(木)22時28分59秒 M014010082032.v4.enabler.ne.jp
返信・引用
  【先生】
 なるほど。 それではもう一冊の杉江弘さんの『JAL123便墜落事故 自衛隊&米軍陰謀説の真相』についての印象はどんな感じかな?

【生徒】
 頷けるところと頷けないところが混在しています。

【先生】
 そうかい。それじゃ、頷けるところから先に聞かせてもらえないか。

【生徒】
 杉江弘さんの『JAL123便墜落事故 自衛隊&米軍陰謀説の真相』
によると、科学的考察に基づいて考えるならば相模湾上空で起きた異変の内容が、垂直尾翼に無人標的機又はミサイルのような物体が横から衝突したということはありえないことだ、といわれています。そして、なぜそう断言できるのかといえば、相模湾上空でそのような物体が垂直尾翼に直接衝突したというのならば、機首は物体が飛んできた方向に大きく傾くはずだが、異変が起きた直後から10秒後までみても機首は同じ方向を向いていたことがフライトレコーダーに記録されているので、それが垂直尾翼に物体が横から衝突したわけではない証拠であると仰っていました。

【先生】
 君は確かJAL123便墜落事故に限ってはフライトレコーダーの記録はあてにならないと一貫して言っていたはずじゃなかったのかい。

【生徒】
 はい、その通りですが・・・

【先生】
 それじゃ、上の箇所がどうして頷けることになるんだい。杉江弘さんは機首が動かなかったことの根拠をフライトレコーダーの記録によるものとされているじゃないか。

【生徒】
 私が頷けるのは、杉江弘さんが仰っておられる説の中で、飛行中のジャンボ機の垂直尾翼に横からミサイルのような大きな物体が衝突して、その結果、垂直尾翼の半分以上が吹き飛ばされたというのならば、その次の瞬間機首は間違いなくミサイルのようなものが飛んできた方向に大きく動いてしまうはずだ、という点です。

【先生】
 なるほど。相模湾上空で異変が起きたとき、杉江弘さんが言われるように、君も機首が動かず、機体は揺れなかったというのだな。しかしフライトレコーダーが信用できないと言っている君がどうして相模湾上空で異変が起きたとき、機首が動かなかったと言いきれるんだ?

【生徒】
 落合由美さんの証言ですよ。

 「そろそろ水平飛行に移るかなというとき、「パ-ン」という、かなり大きい音がしました。テレビ・ドラマなどでピストルを撃ったときに響くような音です。「バーン」ではなくて、高めの「パーン」です。急減圧がなくても,耳を押さえたくなるような、すごく響く音。前ぶれのような異常は、まったく何も感じませんでした。音は、私のちょっとうしろの天井のあたりからしたように感じましたが、そこだけでなく全体的に広がったように思います。私は思わず天井を見上げました。しかし、振動はまったく感じませんでした。機体も揺れなかった。」

【先生】
 なるほど。相模湾上空で異変が起きたとき、中に乗っていた乗客には振動も揺れも感じられなかったというわけか。

【生徒】
 だから、ミサイルのような大きな物体が飛行中のJAL123便の垂直尾翼に横から衝突したわけではないと思うのです。飛行中のジャンボ機の機体が揺れることもなく、垂直尾翼だけが衝突の衝撃によって吹き飛ばされるということは私もありえないことだと思うのです。もっとも、落合由美さんの証言の中に記されている、そのとき「パーン」という音がしたというのは気になります。もしかしたら、飛行に影響を与えない程度のごく小さな物体が垂直尾翼に横から衝突した可能性だったらあるのではないでしょうか。

【先生】
 わかったよ。異変が起きたとき、機内にいた人が身に感じられるような振動も揺れもなかったのだとしたら、相模湾上空では垂直尾翼に横からミサイルのような大きな物体が衝突して、垂直尾翼の半分以上が吹き飛ばされたのだという説は否定されるべきかもしれないな。そうするとこの事故の生存者が語る、相模湾上空で異変が起きたときの様子はとりわけ重要な証言であったということになる。

(その24に続く)
 

先生と生徒の対話から学ぶJAL123便墜落事故の真相 その22

 投稿者:せきたに  投稿日:2017年12月19日(火)21時49分46秒 M014010082032.v4.enabler.ne.jp
返信・引用
  【先生】
 早いもので2017年も残すところあと2週間になってしまったね。

【生徒】
 はい。

【先生】
 今年はあの事故で犠牲になられた人たちの33回忌にあたる年だったが、夏以降には興味深い書物が何冊か発刊されていたようだ。

 青山透子さんの『日航123便 墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』

 小田周二さんの『日航123便乗員乗客怪死の謎 524人の命乞い』

 杉江 弘さんの『JAL123便墜落事故 自衛隊&米軍 陰謀説の真相』

【生徒】
 それらの書物は私も読ませてもらいました。

【先生】
 君はどう読んだかな?

 青山透子さんの『日航123便 墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』

 小田周二さんの『日航123便乗員乗客怪死の謎 524人の命乞い』

 この2冊はいずれも事故の犠牲者との結びつきがとても近い人が著された書物だけあって犠牲者への強い追悼の想いが滲み出ているように感じたのと、あの事故は事故調査委員会から公式に発表された、整備不良に起因する不慮の事故というには不可解に感じられるところが多く、それは発表当時の材料不足や分析力不足からくるものではないようだ。書物の中で記した主張は完璧な証拠に基づくものではないと言われるかもしれないが、事故調査委員会から発表された内容とは明らかに異なる全く別の真相があの墜落事故にはあるはずだから、読者にはそのことに気がついてもらいたいと訴えられているように感じました。

【先生】
 なるほど。 それではもう一冊の杉江弘さんの『JAL123便墜落事故 自衛隊&米軍陰謀説の真相』についての印象はどんな感じかな?

(その23に続く)
 

「問わず語り」 その⑦

 投稿者:池田昌昭  投稿日:2017年12月19日(火)09時12分33秒 a-fhn1-6221.noc.ntt-west.nsk.ne.jp
返信・引用
    元日航機長杉江弘氏は、JAL123便のボイス・レコーダー音声を全編聴いていた。

 真っ先にご遺族、そして国民すべてが聴きたいと願っている、JAL123便のボイス・レコーダー音声全編を、元日航機長杉江弘氏は聴いていた。

 聴いていたことを杉江弘氏は、『JAL123便墜落事故 自衛隊&米軍陰謀説の真相』(68ページ)で、明確に述べている。

 杉江弘氏は同書で、ボイス・レコーダーの「記録はすべて連続していた。実際に存在していた会話を意図的に抜粋して消したり、別の音声を加えた痕跡など、不自然な点は私の聴いたところでは見当たらなかった」。

 杉江弘氏は、ボイス・レコーダー全編を聴いていたのだ。

 杉江弘氏は、「記録はすべて連続していた。実際に存在していた会話を意図的に抜粋して消したり、別の音声を加えた痕跡など、不自然な点は私の聴いたところでは見当たらなかった」。

 巧妙に利用されたと同時に、「問わず語り」である。

 なお、杉江弘氏の同書53ページに図示されている前後方向加速度G(注目!)・横方向加速度G(注目!)・垂直加速度G・機首(同書では、機種)方位度の「フライト・レコーダーの記録より」とある出典は何か。


 

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