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印象操作の結末とことの本質

 投稿者:せきたに  投稿日:2017年 6月21日(水)21時53分49秒 M014010082032.v4.enabler.ne.jp
返信・引用 編集済
   検証するだけの十分な時間もなく、証拠も揃わない状態で仮に結論を出さなければならないような状況下にあるときは、いかに権威のあるところから発表された分析結果であっても、新しい事実や証言が出てくる度にそれまでの仮説は改められなければならないものだと思う。

 権力はしばしば権威を隠れ蓑にして真実を封じ込めてしまう。

 疑問点を追及し続けた者が見抜いた真相は印象操作が行われることによって黙殺され、月日の経過とともに忘れ去られてしまい、結果として被害者達は無念のやるせなさを抱えたまま、ついには泣き寝入りとなってしまうのがことの本質のようでそれが悲しい。
 
 

提 案

 投稿者:池田昌昭  投稿日:2017年 6月19日(月)08時31分45秒 a-fhn1-8080.noc.ntt-west.nsk.ne.jp
返信・引用
   酸いも甘いも噛み分けて、人生70年以上生きて来ると、大概のことでは驚かなくなり、「ああ、またか」の気持ちになることもある。

しかし、人生70年以上の経験から言うと、大衆を信じ、国民を信じていくことが、いかに大切かを学んで来た。

 著書や、友人たちとの付き合い、役所との交渉、町内会のことなど、難しいことは何もない。

 自分のしっかりとした足場さえ、築いておれば、人生を生きて行く上で、何も難しいことはないと言うことを、日々学んでいる。

 JAL123便事件の解明においても、同様のことが言える。

 幾度も、「もう駄目だ」との大きな壁にぶつかったが、そのたびに不思議と言おうか、大衆からの「声」が届き、ここまでやって来れたことに、率直に感謝している。

 人生前向きに、明るく行きましょう。
 

西武園ゆうえんちで火災

 投稿者:西武園ゆうえんちで火災  投稿日:2017年 5月13日(土)01時13分36秒 KD036012057116.au-net.ne.jp
返信・引用
  https://matome.naver.jp/odai/2149460026180519701  

JAL123便機の墜落原因に疑問をお持ちの皆様へ

 投稿者:N・M  投稿日:2017年 3月24日(金)14時23分40秒 softbank219024020008.bbtec.net
返信・引用
   日航ジャンボ機の御巣鷹山墜落から31年が経過しましたが、私は当事故発生の四か月後から運輸安全委員会へ意見書を提出し、当事故原因の再調査を陳情してきた者です。
  私は、当事故原因に関しては、99%の確率でグリコ・森永事件での犯人と成田闘争事件での過激派による人為的で意図的な航空機内部爆破にあるとの結論を導き出しています。また、このことを運輸安全委員会及び警察(群馬県警)米国のボーイング社NTSB等へも伝えています。
 事故原因の再調査を実現させるためには、事故原因に関する確証等を運輸安全委員会に提示して、当事故原因の再調査を、まず陳情する必要があり、そのことが最も重要な事ですが、私だけの陳情ではどうにもならなくなっています。勝手なお願いではありますが、空の安全・同様悲劇の再発防止のために、私がHP上に提示している確証等をコピーして頂き、それを添付し、運輸安全委員会へ当事故原因の再調査を直に陳情して頂きます様、皆様のお力添えをここにお願いする次第です。皆様からの、その陳情が運輸安全委員会へ殺到すれば、委員会も重い腰を上げざるを得ず、至難の業であった当事故原因の再調査を実現させたと云うことになるのかもしれません。運輸安全委員会による当事故原因の再調査を一刻も早く実現させましょう!航空事故調査には時効はありません。

 当事故原因に関する本・「天命の陳情」を無料で配布中です。是非、下記HPの末尾をご覧ください。
 http://www.geocities.jp/tenmeinochinjyo/
 

先生と生徒の対話から学ぶJAL123便墜落事故の真相 その21

 投稿者:せきたに  投稿日:2017年 1月25日(水)22時38分20秒 M014010082032.v4.enabler.ne.jp
返信・引用
  【先生】
 それらの目撃情報でJAL123便は御巣鷹山の山肌に激突する直前に飛行中の上空で爆破されていたということがわかったよ。目撃者の情報が確かだとすればそのように認めざるを得ないじゃないか。
 それにしてもピカッと閃光が上がってキノコ雲だって・・・
 「赤いプロペラのついた物体」には何が搭載されていたというんだ。

【生徒】
 爆破されたと思われる瞬間の目撃情報によると、機体の爆破に伴って発生したと考えられるピカッという閃光と音、間髪を入れずに立ち登った火柱そして山全体が真っ赤に染まってやがてキノコ雲が立ち上ったということになるのですが、山全体が真っ赤に染まった上にキノコ雲が立ち上るというのはどう考えても異様じゃないでしょうか。

 長野県南佐久郡川上村梓山地区女性(墜落現場から2~3キロ先の山あいの畑で目撃)の目撃談・・・池田昌昭さんが現地で取材
(「鎮魂JAL123便/池田昌昭著」26ページからの引用)
 キーンキン・カタカタ・ブォーンと言う空港でジェット機が離着陸する時のような音が2~3秒した後、山肌50センチ~1メートルの高さと約600~700メートルの長さで山の稜線に沿って一瞬蒸気みたいに横に広がり真っ白い光になった。その白い光の上に瞬間真っ赤な光が出た。この真っ赤な光も一瞬にして消えその後、勢いのある黒いキノコ雲がモクモクと上空に湧き上がってきた。キノコ雲の高さは上空800メートル~1キロくらい昇り、キノコ雲は5分くらい続いた。」


 長野県南佐久郡川上村梓山地区住民(女性)の目撃談・・・池田昌昭さんが現地で取材
(「鎮魂JAL123便/池田昌昭著」31ページからの引用)
 凄い勢いで一瞬パーッと一回光って、空がオレンジ色のような感じになった。何かが撃ち落とされたような感じではなくてとにかく一瞬だった。その後キノコ雲みたいな噴煙が物凄い勢いで上がった。その時の火柱を見てみんなでびっくりした。


 群馬県野栗沢地区(御巣鷹山から見て北東の方角)で五十の坂を越えたばかりの夫と長男夫婦の四人で菊栽培をしているという農家主婦の話。
(「墜落の村/飯塚 訓著」92~93ページからの引用)
 『どん!』というような口では言い表せないすごい音がしたんさね。生まれてはじめて聞く音だあね。あっしは飛行機の音が気になったもんだから、すぐに音のしたあの山の方を見たんだいねえ・・・・・・。
 そしたら、あの山と山の間の扇型の空が真っ赤に染まっていたんさね。
他の空はまだどんより黒い雲が垂れこめていたんにねえ。あの山の谷間はうちの山からでなくちゃあ見えねえやねえ。国道からもどこのヤツ(集落)からも見えねえやねえー。高え山の稜線を見上げるだけだもんね。まあ驚いたねえ。燃えるような赤色というんかねえ。でもあんな赤い空は見たことないやねえ。飛行機が墜ちたなんてこたあ、思いもしなかったもんねー。こんな夕焼け、生まれてはじめて見るなあ、と思ったんさね」

(「疑惑JAL123便墜落事故/角田四郎著」94~95ページからの引用)
 巨大なジャンボ機が山の端をかすめるようにゆっくりと飛んでいた。南東の方向の山の上からゆっくりと近づいてきた。頭の上で右旋回し始め北へ向かった。木のかげに隠れたので50メートルほど走っていくと、機の後ろ姿が一瞬見え、そのまま山のかげに隠れた。その間1分弱。20秒くらいして山の向こう側に真っ赤なキノコ雲が立ち上がった。それは数秒で消えて、二つ目のキノコ雲が現れた。その十数秒後、黒い煙がモクモクとわいてきた」(加藤隆志君11歳)

【先生】
 私たちの世代は爆発物に伴うキノコ雲というとどうしても広島や長崎の原爆を連想してしまうんだよ。
 まさか、あってはならないことだが「赤いプロペラのついた物体」には規模は小さいながらも「核」と呼ばれるものが搭載されていたというのだろうか?

【生徒】
 もしも核が搭載されていたのだとすると恐ろしいことですね。しかも、二つのキノコ雲が目撃されているということは二つの核が爆発した可能性があるということですね。
 そういえば広島と長崎の場合は核の種類が別々で、確か広島がウラン型で長崎がプルトニウム型でしたよね。

【先生】
 それについてはウラン型とプルトニウム型とで威力がどう異なるのかの検証実験だったという説もあるんだよ。

【生徒】
 実験といえば、JAL123便の場合、機体前方の墜落遺体の中にはとても奇妙な状態になってしまった遺体があったのが気になりますね。

【先生】
 奇妙な遺体って、離断遺体のことかい?

【生徒】
 いいえ、単なるバラバラになってしまった離断遺体ではなく、『墜落遺体/飯塚訓さん著』によると、前の座席に座っていた人の身体の内側にすぐ後ろに座っていた人の人体の一部が入り込んでいたというのがありましたよね。でも考えてみると前と後ろだと座席が障害物となっているので、そんなことは通常では起こりえないはずなんです。
 また、同じ書物の中にはある人の頭の中に別の人の頭部が入り込んでいたという検屍体も記載されていたかと思います。

【先生】
 なるほど。そういった遺体のことか。私もその話を聞いたとき、いくら飛行機の墜落現場が悲惨だとは言え、飛行機が墜落したら遺体はそんな状態にまでなってしまうのか、といった思いは確かにあった。

 他の墜落現場でも同様の現象が起きているのだろうか?

 事故で亡くなられた方には誠に遺憾な話だが、以前、取り上げたように1994年4月26日、名古屋空港に着陸しようとしていた中華航空140便が着陸に失敗し、結果的に600メートルぐらいの上空からほぼ垂直落下の状態でまっさかさまに空港の滑走路脇に墜落するという事故が起きた。この墜落塩で大半の方が亡くなられたのだが、ごくわずかの生存者が認められたのだが、その割合はJAL123便のケースに近いじゃないかというイメージがあったんだ。そうすると、名古屋空港の滑走路脇に墜落した中華航空140便の墜落事故で亡くなられた方の検屍体にも同様の遺体が生じていたとしてもおかしくはないんだ。
 飛行機の墜落事故は名古屋空港における中華航空以外にもたくさんあるが、御巣鷹山以外の墜落現場で同様の遺体が見いだされていなかったというのならば、上の現象は御巣鷹山の墜落現場特有の現象だったということになるのだろう。

【生徒】
 そういえば今までに読んだ書物の中で、飛行機の墜落現場ではなかったかと思うのですが、そういった奇妙な現象が起きる可能性が記されてあった本を思い出したんです。
 分野が違うかもしれませんが、飛鳥昭雄さんという方が記された『太陽の謎とフォトンベルト』という書物には「プラズマ」というテーマで次のように記されているんです。(同書物の338~339ページ)
 プラズマは実に不思議な性質をもっている。マイクロウェーブの交点にプラズマを発生させたとしよう。その交点を移動すると、プラズマも移動する。障壁があっても、その交点を向こう側に移動させれば、プラズマはすり抜けて移動する。あたかも幽霊のごとく、プラズマは壁をすり抜けるのである。
 一方、プラズマで包むと物体を移動させることもできる。空中浮揚もできる。
 では、プラズマで物体を包んだまま、その交点を壁の向こう側に移動させるとどうなるか。
 残念ながらプラズマは壁を透過するものの物体は壁にぶつかり、落下する。実態のある物質は障壁を透過できない。
 ところが、だ。今度は障壁の通過する部分にも恒常的にプラズマを発生させて、同じ実験をするとどうなるか。驚くことに、物体は透過するのである。
(書物からの引用は以上)

 もしかしたらJAL123便墜落事故では通常の核ともうひとつはプラズマ核兵器と呼ばれるものが実験的に使用された可能性があるんじゃないでしょうか。
 通常の核兵器によって機体が前後に分断され、分断された機体の前方側において、当時は実験段階であり、今でも秘匿性の強いプラズマ核兵器と呼ばれるものが使用された結果として通常ではありえない上記のような奇妙な遺体が発生したとは考えられないでしょうか。

【先生】
 プラズマの威力を検証するための人体実験か? プラズマを活用した兵器があることを私は知らないが、その仮説もやはり、他の墜落現場との比較だな。ある人の身体の中に他人の人体の一部が入り込むといった現象が御巣鷹山の墜落現場だけで起きた現象だとすれば、御巣鷹山の墜落遺体の悲惨さは単なる墜落や爆破による衝撃だけでなく、別の要素が加わっていたということになるのかもしれない。

 しかし私はJAL123便を爆破するためにどういった種類の核兵器が使われたかということを追求する前に、墜落現場とされる直前の上空で核が使用され機体が爆破・解体されていたということが間違いのないことだということになると、そもそも相模湾上空で最初に起きたとされる異変は整備不良の結果偶然起きた事故ではなくなってくるんじゃないかと思うんだ。
 相模湾上空で起きた異変が偶然起きた事故であり過失だというならば、それを隠蔽するために核が使われるわけがないからだ。

 しかも、核兵器と呼ばれるものは広島、長崎に原爆が落とされて以来今日に至るまでこの日本においては使われてはならないものになっており、その言葉通り一度も使用されていないことになっているはずのものなんだよ。

 その核が使われ、事故原因もろとも隠蔽されたということが真相だったということになると、JAL123便墜落事故は離陸以前の時から周到な計画性を持って起こされた事件であったのではないかと考えざるを得なくなってくるが、私が考える一番大きな問題点はこの事件に警察や自衛隊といった行政側の組織が単に隠蔽だけではなく、積極的に加害者側の立場で関与していた可能性すらでてくるということだよ。

 そんなことはあってはならないし、ありえないという思いが強いのだが、それにしては腑に落ちないことが多すぎる。私にはこの事故、いや事故ではなく事件だったというべきかもしれないが、その全体像がますますわからなくなってきたよ。

(その22に続く)
 

西伊豆

 投稿者:西伊豆  投稿日:2017年 1月25日(水)09時29分59秒 KD106161216198.au-net.ne.jp
返信・引用
  https://www.google.co.jp/search?as_q=%E8%BB%A2%E8%90%BD%E3%81%97%E3%81%9F%E8%BB%8A%E3%81%8C%E7%94%B7%E6%80%A7%E7%9B%B4%E6%92%83%E3%80%81%E6%AD%BB%E4%BA%A1%E3%80%80%E8%A5%BF%E4%BC%8A%E8%B1%86%E3%81%AE%E6%B5%B7%E5%B2%B8%E9%A7%90%E8%BB%8A%E5%A0%B4&num=50&gws_rd=ssl  

JAL123便機の墜落原因に疑問をお持ちの皆様へ

 投稿者:N・M  投稿日:2016年12月23日(金)10時30分32秒 softbank219024020008.bbtec.net
返信・引用
    日航ジャンボ機の御巣鷹山墜落から31年が経過しましたが、私は当事故発生の四か月後から運輸安全委員会へ意見書を提出し、当事故原因の再調査を陳情してきた者です。
  私は、当事故原因に関しては、99%の確率でグリコ・森永事件での犯人と成田闘争事件での過激派による人為的で意図的な航空機内部爆破にあるとの結論を導き出しています。また、このことを運輸安全委員会及び警察(群馬県警)米国のボーイング社NTSB等へも伝えています。
 事故原因の再調査を実現させるためには、事故原因に関する確証等を運輸安全委員会に提示して、当事故原因の再調査を、まず陳情する必要があり、そのことが最も重要な事ですが、私だけの陳情ではどうにもならなくなっています。勝手なお願いではありますが、空の安全・同様悲劇の再発防止のために、私がHP上に提示している確証等をコピーして頂き、それを添付し、運輸安全委員会へ当事故原因の再調査を直に陳情して頂きます様、皆様のお力添えをここにお願いする次第です。皆様からの、その陳情が運輸安全委員会へ殺到すれば、委員会も重い腰を上げざるを得ず、至難の業であった当事故原因の再調査を実現させたと云うことになるのかもしれません。運輸安全委員会による当事故原因の再調査を一刻も早く実現させましょう!航空事故調査には時効はありません。

 当事故原因に関する本・「天命の陳情」を無料で配布中です。是非、下記HPの末尾をご覧ください。
 http://www.geocities.jp/tenmeinochinjyo/
 

先生と生徒の対話から学ぶJAL123便墜落事故の真相 その20

 投稿者:せきたに  投稿日:2016年12月17日(土)17時42分42秒 FL1-125-199-79-153.osk.mesh.ad.jp
返信・引用
  【先生】
 JAL123便は機体全体が御巣鷹山の尾根に激突したわけではなかった。
 機体後方は機体前方と一緒に御巣鷹山の尾根に激突した後、機体前方と分離してスゲノ沢の斜面を滑り落ちたのではなく、まだ御巣鷹山の尾根に激突する直前、まだ山の上空にあったときに機体前方と切り離され、スゲノ沢の斜面に着地した後、滑り落ちたので、そこで生存者が発見された・・・。

 実はこれだけでもたいへんなことを言っていることになる。

 戦争映画を見ていると、ゼロ戦などの戦闘機が撃墜されて山や海に落とされてしまう場面がよく出てくるが、「撃墜」というのは艦船又は他の戦闘機から撃ち込まれた銃弾がエンジンなどに命中した結果、バランスを崩した機体が墜落してしまうことをいうが、御巣鷹山の場合は、墜落前に機体が解体されてしまっていたというのなら、単なる撃墜事件というのでもない。

 そうするとU字溝の爪痕を残した後、御巣鷹山の山肌に激突するまでの、つまり墜落したとされている地点ではなく、その直前の、まだ山の上空を飛行中であったときにミサイルが撃ち込まれるなどの方法によって爆破された可能性を考え始めなければならないということになってくるのだが、さすがにその地点での決め手になるような目撃情報は皆無なんだろうなあ。

【生徒】
 いいえ、先生。それがあったんですよ。しかも複数の人たちによって目撃されているんですよ。

 まず、『疑惑JAL123便墜落事故/角田四郎著』98ページには
「飛行機が飛んでいった後から、流れ星のようなものが飛んでいくのが見えた。」(南相木村中島の住民3人) とあるんです。

【先生】
 その目撃情報はJAL123便が長野県川上村から群馬県境の三国山上空に差し掛かったあたりで急降下が始まるときのものではないのかい?

【生徒】
 流れ星を見た目撃者は群馬県側の南相木村中島地区の住民です。そして、南相木村中島地区というと御巣鷹山よりも西側になるんですよ。
 「飛行機が飛んでいった後から、流れ星のようなものが飛んでいくのが見えた。」
 この目撃情報が三国山上空のことだとする見方があるかもしれません。
 しかし、JAL123便は長野県川上村のあたりからは右に急旋回したあと高度を上げて三国山上空に達した直後に急降下しているわけですから、長野県川上村の人たちによってJAL123便の後から飛んでいった流れ星のようなものが目撃されているはずなんです。

 ところが長野県川上村からの目撃情報の中にはそういったものが皆無なので、飛行機が飛んでいった後から、流れ星のようなものが飛んでいくのが見えたのはJAL123便が長野県川上村上空から群馬県境の三国山上空に上昇していったときの様子ではなかったということになります。

 御巣鷹山の西側からは見えて、長野県川上村からは見えない場所で、飛行機が飛んでいったように見えるのは、少なくとも三国山上空から山の斜面に沿って急降下した後のことで、一本から松を切断し、一本から松から約90メートル程度上昇した地点でU字溝と呼ばれる爪痕を残し、御巣鷹山の山肌に激突するまでの間の様子だということになります。
 方角で言うとU字溝の地点から山肌に激突するまでの間は南東から北西方向に向けて飛行していたと思われ、御巣鷹山の墜落地点とされる方向に向けて最後の飛行をしていたJAL123便の後ろから流れ星のようなものが飛んでいった様子が群馬県南相木村中島地区から目撃されていたということになります。

【先生】
 それじゃ、流れ星の正体は何だ。ミサイルだろうか?

【生徒】
 流れ星の正体についてはその流れ星をもっと近くから見た人の証言で明らかになるわけですが、

『完全犯罪/池田昌昭著』199ページには
地元農家主婦の証言として驚愕の目撃情報が記されていたんです。
「赤いプロペラのついた物体が、畑の上を飛んで行きそれがJAL123便にあたって、飛行機が爆発した。」

【先生】
 そんな目撃情報があったのか。驚きだな。
 「赤いプロペラのついた物体」というのはミサイルだろうか?

【生徒】
 そのような見方もあるかもしれませんが、ミサイルにプロペラが付いているでしょうか。プロペラが付いているミサイルには少し違和感を覚えてしまいます。
 私は「赤いプロペラのついた物体」というのはミサイルとは異なる種類のものではないかという気がしたので、「プロペラ機」でネット検索をしてみたら動画を伴う紹介記事がいくつか出てきました。プロペラ機は速度も高度も自由に操れる上に長く飛ぶことが出来、速度も時速800km~900kmまで出すことが可能であるとなっていました。
 そうするとプロペラ機の性能でJAL123便に後ろから追いついて衝突することが十分に可能だということになります。
 また、コンピュータ制御された無人の「プロペラ機」には高性能のカメラが搭載されていて障害物を避けて飛ぶことが出来るほか、ミサイルを搭載して標的に向けて正確に発射することが出来るようです。
 更に「ミサイル」について調べてみると、ミサイルには複数の弾頭が搭載可能でミサイルから分離させて標的に向けて発射することが可能であるとも記されていました。

【先生】
 それじゃ、君が見つけた目撃情報によるとJAL123便は御巣鷹山の山肌に激突する直前に赤いプロペラのついた物体が衝突して飛行機が爆発したということになるが、それを裏付ける別の目撃情報があるかい?

【生徒】
 次の目撃情報がそれを裏付けているのではないかと思います。
 長野県南佐久郡川上村秋山地区住民(男性Bさん・目撃者から見て墜落現場は北西方向へ直線距離で約7キロの畑で)の目撃談・・・池田昌昭さんが現地で取材 (「鎮魂JAL123便/池田昌昭著」20ページからの引用)

 墜ちた場所と原爆のようなキノコ雲が上がった場所は違う。こっちから見て墜落場所の右の方から上がったので、墜落場所とキノコ雲が上がった場所とは少し距離がある。ピカッと光りキノコ雲が出て垂直に墜ちていった上空地点と最終的に墜落した地点は、距離的に300~500メートル離れている。

【先生】
 その目撃情報は、長野県川上村からのものだから、爆発したときのJAL123便の機体は見えていないはずだ。それなのに「ピカッと光りキノコ雲が出た」と語っているが、キノコ雲が出たというのなら、それも他の人にも目撃されているはずだが・・・

【生徒】
 実はキノコ雲は複数の人たちに目撃されているんですよ。
長野県南佐久郡川上村梓山地区女性(墜落現場から2~3キロ先の山あいの畑で目撃)の目撃談・・・池田昌昭さんが現地で取材
(「鎮魂JAL123便/池田昌昭著」26ページからの引用)
 「当日8月12日午後6時52~53分頃、川上村梓山地区の上にある畑に出ていていちご摘みやレタスの収穫作業をしていた時だった。畑でいちご摘みをしていた手元が急に明るくなったので、ふと上空を見上げると真上に窓の明かりが一杯について、エンジン音がほとんどしない大きな飛行機が飛来してきた。上空400メートルくらいで一瞬お化けが出てきたかと思った。

 子供が『あれはジャンボ機だ』とすぐに叫んだくらい見たこともない大きな飛行機で埼玉の方から飛んで来た。電気を一杯つけたジャンボ機の全部の窓に明かりがついていたが乗客の姿は下からは見えなかった。飛行はフラフラしていなく一応安定していて垂直尾翼が欠けていたかどうかは分からなく、機体からは煙は出ていなかった。畑の上空で右旋回をして2~3キロ先にあるその昔岩から毒物が出たことから長野群馬県境三国山系通称『悪石』と呼ばれる岩山にぶつかりそうになりそれをスレスレにかわし左旋回をしたかと思うと、飛行機は見えなくなった。

 その直後、昔蕨(わらび)採りに行ったことのある長野群馬県境通称『蟻ガ峠』辺りからキーンキン・カタカタ・ブォーンと言う空港でジェット機が離着陸する時のような音が2~3秒した後、山肌50センチ~1メートルの高さと約600~700メートルの長さで山の稜線に沿って一瞬蒸気みたいに横に広がり真っ白い光になった。その白い光の上に瞬間真っ赤な光が出た。この真っ赤な光も一瞬にして消えその後、勢いのある黒いキノコ雲がモクモクと上空に湧き上がってきた。キノコ雲の高さは上空800メートル~1キロくらい昇り、キノコ雲は5分くらい続いた。

長野県南佐久郡川上村梓山地区住民(女性)の目撃談・・・池田昌昭さんが現地で取材
(「鎮魂JAL123便/池田昌昭著」31ページからの引用)
 長野県南佐久郡川上村梓山地区の上野畑に出て家族みんなで二毛作の白菜やレタスを植えていた。キャベツなどの収穫が終わった直後の野菜畑上空の天気はよく空もまだ明るかった。午後6時50分過ぎアレッ飛行機がこんなところに何でと南の五郎山の方から風に流されるようにエンジン音がほとんどしなく、ゆっくりと低空飛行で翼の文字が見えるくらいの飛行機が飛んで来た。とてもゆっくりとした低空飛行だったのでびっくりして、こんな時間に飛行機に乗っている人もいるんだなと言いながらでもちょっと気になって、ずーっと眼で追っていた。これだけ低い所を通るのにエンジン音が静かだったのが不思議だった。そのことが気になって、気になって、『変だよね』と言っていた。音がしていなく、ちょうど風に流されているような感じだった。すると急に頭上で旋回を始めたから、『ちょっとあれおかしいよ』と家族全員が立ち上がっておかしい、おかしいと見ていた。まったく見事に真上の上空で上野村の方に右旋回を始め、向きを変えた。その後、500メートルの高度で長野県南佐久郡川上村から見て三国峠の陰の方付近に入って行った直後、音はもしかしたら聞こえなかったかもしれないが、凄い勢いで一瞬パーッと一回光って、空がオレンジ色のような感じになった。何かが撃ち落とされたような感じではなくてとにかく一瞬だった。その後キノコ雲みたいな噴煙が物凄い勢いで上がった。その時の火柱を見てみんなでびっくりした。

「鎮魂JAL123便/池田昌昭著」33ページ
長野県南佐久郡川上村梓山地区住民(男性Dさん・墜落現場から約4キロ南東)の目撃談・・・池田昌昭さんが現地で取材
「辺りはそんなに明るくはない頃、暗くなりかけだった。家の中にいたが、異様な音に気付き、家の前の梓山地区千曲川堤防際に出たところ、飛んで来た飛行機の音はブーンと割りと大きかった。堤防上空を飛行機が低く飛んで来て窓の明かりは見えなかったが2メートル程の大きさに見えた。東に当たる埼玉の方からゆっくりと飛んできた。割と飛行機の爆音はゴォーンと大きく、フラフラと飛行はしていなかった。飛行機は真っ黒ではないが下から見て黒っぽく見えた。尾灯だか、翼灯だかの電気が点いていた。普通の電気の色で翼の電気が光っていた。翼の先っちょが白く光っていた。長野県側から見て三国山の後ろに行った直後バリバリと大音響がし二度程パッパッと光り、続いて炎が燃え上がりドーンという音が一回して黒い煙、キノコ雲が出た。

(「疑惑JAL123便墜落事故/角田四郎著」94~95ページからの引用)
 巨大なジャンボ機が山の端をかすめるようにゆっくりと飛んでいた。南東の方向の山の上からゆっくりと近づいてきた。頭の上で右旋回し始め北へ向かった。木のかげに隠れたので50メートルほど走っていくと、機の後ろ姿が一瞬見え、そのまま山のかげに隠れた。その間1分弱。20秒くらいして山の向こう側に真っ赤なキノコ雲が立ち上がった。それは数秒で消えて、二つ目のキノコ雲が現れた。

(「疑惑JAL123便墜落事故/角田四郎著」94ページからの引用)
 自宅上空でゴーッというすざましい音がしたので、家の前の河原に出て空を仰いだ。まもなく南東の五郎山(2132メートル)をかすめるようにして、見たこともないほど大きな飛行機が現れた。爆音はさらに大きくなり、飛行機は頭上で大きく右旋回し、次に左旋回したと思うと、急に機首を下げて、扇平山(1700メートル)と神立山(1979メートル)の交差する稜線の向こう側に消えた(神立山は別名、高天原山)。
 その後、ピカッと閃光が上がり、続いて炎が燃え上がるのが見えた。その炎はやがて巨大な黒いキノコ雲になって天に上った」(川上村梓山、井上薫(64)週間プレイボーイ11月26日号による)

目撃情報は以上。

【先生】
 今の目撃情報でJAL123便は御巣鷹山で爆破された後山肌に激突したということがわかったよ。そう認めざるを得ないじゃないか。
 それにしてもピカッと閃光が上がってそれに続いてキノコ雲だって・・・
 「赤いプロペラのついた物体」には何が搭載されていたというんだ。

(その21に続く)
 

11月13日(日)放送「そこまで言って委員会」;「救助を拒絶したのは、当時の日本政府」。

 投稿者:池田昌昭  投稿日:2016年11月14日(月)08時17分41秒 b-fa3-2238.noc.ntt-west.nsk.ne.jp
返信・引用 編集済
   11月13日(日)昼間の時間帯に、「そこまで言って委員会」(読売テレビ)で、JAL123便墜落事故の件を放送していたことをあとから知り早速、動画サイトでその番組を見た。

 番組の中で、1985年8月12日御巣鷹の尾根に墜落したJAL123便をいち早く発見したのが、米軍沖縄嘉手納基地から横田基地へ飛行する米空軍輸送機C-130であり、横田基地から救助指令を受けた米軍ヘリコプターの2名が、墜落現場上空から、ホイスト降下しようとしていた最中に、米軍C-130輸送機とヘリに対し、横田基地将校から「基地に引き返せ」「日本側が現場上空に向かっている」との指令を受け、引き返した。

 米軍救助を拒絶し、日本側が救助を行うことを指示したのは、一体誰だったのかという疑問が、未だに未解明のままであったが、今回の番組で漸く、その疑問に回答が出された形である。

 つまり、いち早くJAL123便墜落現場上空に到達した米軍の救助を拒絶したのは、番組では、「日本政府だった」と、明確な発言が為された。

 まさに日本政府が、米軍による救助を拒絶したことを当時の内閣官房長官秘書官から聞いたと、番組出演者が語っていた。

 ただ番組に望むらくは、米軍救助拒絶の意思決定をしたのが、当時の日本政府のだれで、どの勢力であるかを明らかにして欲しかったが、その点に番組の限界も感じた。

 だが31年後も、テレビ番組でJAL123便墜落事故のことを検証、国民世論を喚起し、さらにJR福知山線脱線事故をも番組で取り上げていたのが、心強い。

 

JAL123便機の墜落原因に疑問をお持ちの皆様へ

 投稿者:N・M  投稿日:2016年11月10日(木)20時47分44秒 softbank219024020008.bbtec.net
返信・引用
   日航ジャンボ機の御巣鷹山墜落から31年が経過しましたが、私は当事故発生の四か月後から運輸安全委員会へ意見書を提出し、当事故原因の再調査を陳情してきた者です。
 私は、当事故原因に関しては、99%の確率でグリコ・森永事件での犯人と成田闘争事件での過激派による人為的で意図的な航空機内部爆破にあるとの結論を導き出しています。また、このことを運輸安全委員会及び警察(群馬県警)米国のボーイング社NTSB等へも伝えています。
 事故原因の再調査を実現させるためには、事故原因に関する確証等を運輸安全委員会に提示して、当事故原因の再調査を、まず陳情する必要があり、そのことが最も重要な事ですが、私だけの陳情ではどうにもならなくなっています。勝手なお願いではありますが、空の安全・同様悲劇の再発防止のために、私がHP上に提示している確証等をコピーして頂き、それを添付し、運輸安全委員会へ当事故原因の再調査を直に陳情して頂きます様、皆様のお力添えをここにお願いする次第です。皆様からの、その陳情が運輸安全委員会へ殺到すれば、委員会も重い腰を上げざるを得ず、至難の業であった当事故原因の再調査を実現させたと云うことになるのかもしれません。運輸安全委員会による当事故原因の再調査を一刻も早く実現させましょう!航空事故調査には時効はありません。

 当事故原因に関する本・「天命の陳情」を無料で配布中です。是非、下記HPの末尾をご覧ください。
 http://www.geocities.jp/tenmeinochinjyo/
 

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