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  1. しゃくじゅ治療とは(2)
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追加として

 投稿者:五十嵐 秀夫  投稿日:2015年 1月23日(金)11時29分28秒
     追加として

 表記の中で、「3倍の水圧」、「2倍の水圧」、「1倍の水圧」は、それぞれ3倍(三盛)、2倍(二盛)、1倍(一盛)と表す方が原典(素問)に近いと思われます。
 それと、『内燃機関(エンジン)は永久に動き続けることが出来ない。(生・老・病・死がある)』と表記しましたが、仏教が中国に伝わったのはお釈迦様の死後約千年後なので、私は黄帝内経素問・霊枢経は今から2,300年~2,500年前に創られたと信じておりますの(ともすれば、孔子様が生きていた頃、お釈迦様が生きていた頃、時を同じくして素問・霊枢が編纂され始めたのではないか?)で、(生・老・病・死)ではなく、「旺~壮~死~囚~休」と書くべきでないかと考えます。

 ついでというと何ですが、私は鍼灸専門学校に通学中に治療学・経穴学を学ぶとき、鍼の刺入に際して『深さ○寸(○センチ,㎝)留めること○呼』、とある説明で、経穴毎に深さや呼吸数を覚えることは大変だ、ということを感じていました。
 何故か、説明によれば肝経は浅く刺し、呼吸数も短いようで、胃経・大腸経は深くても良く、呼吸数も長く留めて良いようではあるが、その規則性がありそうで、なさそうで、先生も「○経は刺入○分、留めること○呼」と教えるだけで、全経絡別に比較一覧で教えて頂いた記憶が無いのです。
 ここで、私の古典による知識は、鍼灸医学典籍大系全23巻がほとんどです。
これが発売された当初から求めてみましたが、配本される毎に目を通してはみたものの、さっぱり分かりませんでした。
 還暦となり、鍼灸医学典籍大系を再度読みたく思い、目を通すと、約30年の鍼灸臨床を続けて来たからか、半分くらいは意味が理解出来るようになっておりました。
 そして、何と、!60才を過ぎてから、やっと出会えた!ようやく見つけた!やはり?古典に記載されてありました。
足 厥陰 多血少気 刺1分 留1呼
足 少陰 少血多気 刺2分 留3呼
足 太陰 多血少気 刺3分 留4呼
足 少陽 少血多気 刺4分 留5呼
足 太陽 多血少気 刺5分 留7呼
足 陽明 多血気  刺6分 留10呼

厥陰~少陰~太陰~少陽~太陽~陽明の順序で、1分から6分まで、1呼から10呼まで、何となく意味が解りそうで、臨床上も間違いの無い呼吸数のように思います。

 こういう、古典の一例だけでも学生時代に一覧表にして繰り返し繰り返し教えて頂いていれば、開業して日々の臨床に点検・確認して過ごしていれば、鍼灸技術はより高まっていたかもしれません。

 「物事は、教えられて覚えることと、自分で探して覚えることがある。」とおっしゃる方もおられますが、真理と思われる公理・原則のような物事は「専門学校」という場では教えられて当然かと考えます。
 
 

再訂正

 投稿者:五十嵐 秀夫  投稿日:2015年 1月20日(火)12時02分40秒
  腎経のショウカイ(照海)
小腸系のゴケイ(コウケイ)後と谿谷の谿(ケイ)です。
 

訂正

 投稿者:五十嵐 秀夫  投稿日:2015年 1月20日(火)11時57分52秒
  照?は照?
後?は後?
です。
以上。
 

エントロピーとエンタルピー

 投稿者:五十嵐 秀夫  投稿日:2015年 1月20日(火)11時40分47秒
      エントロピー(entoropy)とエンタルピー(enthalpy)のハナシ(話)
                                                                            五十嵐秀夫

 私の高校時代に、物理の先生が「エントロピーとエンタルピーについて」一度だけ講義なされ、「結局は、人間はいつか死ぬのです。」という言葉が気になり、どことなく妙にそれらのことが耳に残っておりました。。
その時は、『難しい話で、大学に行くと、こういうことも勉強することになるのかな?』という程度で過ごしましたが、時折ふと、それを思い出すのです。
 最近、またエントロピーとエンタルピーのことが気になり、インターネットで調べると、その説明が載っておりました。
「エントロピー」と「エンタルピー」は1850年にドイツのルドルフ・クラウジウスという物理学者が提唱したものです。
 その説明によると、
熱力学的なエントロピーとは、「温度が高い物質と低い物質が接触したとき、必ず熱は高温の物質から低温の物質へ伝わる。」「絶対温度がTの物体がQの熱量を受けたとき、物体間のエントロピーはQ/Tだけ増加した」と定義する。
統計力学では、エントロピーとはある系がどのくらい平衡(物体または物質に変化を起こす原因がありながら、それらの効果が相殺し、一定を保っている状態。力学的平衡・熱平衡など。) に近いかをいう尺度である。あるいは、系の無秩序さの尺度である、と言い換えることもできる。
 他方の、エンタルピーはギリシャ語の「あたたまる」という意味からきており、全熱エネルギー(熱含量)のことで、熱力学の系が、系とその環境との間で伝達し合うために持っているエネルギーの量がエンタルピーである。(示量性状態量の一つ)
化学反応での、系のエンタルピーの変化は反応熱となる。液体から気体への相転移での、系のエンタルピー変化は気化の潜熱となる。
ということは、鍼灸の経絡・気血水の流注現象、陰陽五行理論に私として当て嵌めて言うと、こういう答えになります。
 以前、私が東北鍼灸学会学術大会で人迎脈診について発表した折の一覧表を思い出して下さい。
あの時でも?私は経絡における気血営衛を考えておりましたが、経気・経血の他に[経水]もあることの認識を少々欠いておりました。
人体の約7割は水で出来ている、という事の重大さを忘れていたようです。
鍼灸・漢方いずれも「汗」「吐」「下」を重視しますが、これらも水分の多少と関わります。「汗」という水分も気化熱と関係しますし、「吐く」息にも水蒸気が含まれ、「下」の大小便にも水分が関わっております。「大小不利」や「裏急後重」にも診察・診断において水分の多少が注視されます。
水分が変化したと思われる血と気だけでなく、「水」をより重視すべきではないのか。
「水」を踏まえた上での「多血多気」「多血少気」「少血多気」なのです。
 ここで経絡の流注を考える時、素問・霊枢の編纂に取り組んだ方々は互いが持っている共通の認識を間違いなく、それぞれの手の指で伝え合っていた、と思っております。(素問、霊枢いずれも共通した認識で表現されております)
 左手の人差し指、中指、薬指、小指は普遍・共通のものです。
 左手小指の第1関節を手の太陰肺経(多血少気)(金)⇒左手薬指の第1関節を手の陽明大腸経(多血多気)(金)⇒左手中指の第1関節を足の陽明胃経(多血多気)(土)⇒左手人差し指の第1関節を足の太陰脾経(多血少気)(土)ここまでは3倍の水圧とみなします。
 左手人差し指の第2関節を手の少陰心経(少血多気)(君火)⇒左手中指の第2関節を手の太陽小腸経(多血少気)(君火)⇒左手薬指の第2関節を足の太陽膀胱経(多血少気)(水)⇒左手小指の第2関節を足の少陰腎経(少血多気)(水)ここまでは2倍の水圧とみなします。
 左手小指の第3関節を手の厥陰心包経(多血少気)(相火)⇒左手薬指の第3関節を手の少陽三焦経(少血多気)(相火)⇒左手中指の第3関節を足の少陽胆経(少血多気)(木)⇒左手人差し指の第3関節を足の厥陰肝経(多血少気)(木)ここまでは1倍の水圧とみなします。
 すると、4本の指全体を見てみると、どうでしょう?
 4本の指の第1関節部は、小指のが太陰肺経、薬指のが陽明大腸経、中指のが陽明胃経、人差し指のが太陰脾経これらが3倍の水圧で血・気量は流れて行き、
 続いて4本の指の第2関節部は、人差し指が少陰心経、中指が太陽小腸経、薬指が太陽膀胱経、小指が少陰腎経これらは2倍の水圧で血・気量が流れて行き、
 引き続き4本の指の第3関節部では小指が厥陰心包経、薬指が少陽三焦経、中指が少陽胆経、人差し指が厥陰肝経これらが1倍の水圧で血・気量が流れて行き、
 3倍~2倍~1倍と流れるに従い(3倍の水圧・位置[ポテンシャル]エネルギーが3分の1ずつ減少する毎にエントロピーは3分の1ずつ増加する。そのエントロピーの増加する力が五行の循環エネルギーとなり相生・相克関係が成立する。
 多血多気は3、多血少気は2、少血多気は1。血管系の閉鎖(閉じている血管)中を心中から動脈血は脳~四肢末端まで流れ注ぎ、同じ量だけ静脈血として中心へ戻ってくる運動も循環エネルギーを証明することになります。)、 同時に肝経(木)胆経(木)、心経(火)小腸経(火)、脾経(土)胃経(土)、大腸経(金)肺経(金)、膀胱経(水)腎経(水)と五行の循環に繋がって行きます。
 巧妙なことには!木・火・土・金・水の1循環だけで終わらずに、心包経(相火)三焦経(相火)へと流れ注ぎ、この2経は膜機能として水と木の間で働き、引き続き胆経(木)肝経(木)に繋げて五行(木火土金水)の循環が絶え間なく終わらずに続けるべく機能・功能(良い結果をもたらす働き)しているのです。
 何と!素問・霊枢の作者達・鍼灸理論家・鍼灸臨床家は西洋科学・西洋医学に先んずること2千年以上前からエントロピーとエンタルピーを理解して、人体に当て嵌め、陰陽五行理論に巻き込んで理解していた、ということです。
 鍼灸専門学校に通学中より、経穴学・経穴理論で何故、流注が肺経から始まり肝経で終わるのか、この流注は2千年以上前から変化無く、変化が無いということは真理であることとして、現在も誰も文句も言わずに認めているのが私には不思議でなりませんでした。
 2千年以上前の中国の知恵者!その能力の高さ偉大さに改めて敬服しております。
 何故?木火土金水の中の(火)を(君火)と(相火)に分けたのか?何故五行(木)(火)(土)(金)(水)の次に(相火の心包経)が来て次に(相火の三焦経)が来て、胆経⇒肝経で終わるのか、これらも理解出来ず、判らないままでした。
 ところが、ここにきて閉鎖系(密閉された)内燃機関(エンジン)は永久に動き続けることが出来ない。(生・老・病・死がある)
陰陽論、五行理論だけでは治療にならない、陰陽・五行理論の組み合わせで治療が成り立つ。この二つが無いと治療方法が確定しない。これらもようやく判るようになりました。
 それと、12正経と奇経8脉との関係も、この流注を覚えれば、一目瞭然となります。肺経の列欠(任脈)と腎経の照?(陰蹻脉)、脾経の公孫(衝脉)と心包経の内関(陰維脉)、小腸経の後?(督脉)と膀胱経の申脉(陽蹻脉)、
三焦経の外関(陽維脉)と胆経の臨泣(帯脉)これらの+(プラス)-(マイナス)の組み合わせまで了解できます。(ようく御覧なさい)
 ここで、誤解のないように、心包経と三焦経についての持論を少し述べておきます。
心包も膜(漿液膜という説もあります)、三焦も膜(私は上焦は横隔膜以上の胸郭、横隔膜が心臓・肺が下の内臓と混ざらないように隔てながら呼吸機能を果たしている)。中焦は大網(Great Omentum )胃・腸などの内臓を保護する膜、腹筋の内面と内臓が直截触れないようにする膜です。下焦は後腸間膜・後腹膜(腸を支持し、血管などを保護している)を代表例として、具体的には皮膜・角膜・網膜・鼓膜・鼻粘膜・筋膜・血管膜・骨膜・関節膜・髄膜等々全ての膜機能が三焦経の支配・作用と理解しております。
これを理解することにより、私は12経絡・経脈と8奇経・経脈の合わせて20経絡・経脈の流注・意義が理解出来るようになりました。
 長ったらしくなりましたので、この続きは後日にまた行いたいと思います。
ともかく、現代西洋科学に於ける物理学・熱力学の理論を用いて、東洋医学・経絡・陰陽・五行理論を証明・実証することが出来る若手鍼灸師の出現、活躍を期待・祈念致します。

※三焦経の上焦・中焦・下焦それぞれを古典では
霧(1大気中の水蒸気が凝結し、無数の微小な水滴となって浮遊する現象。2 液体を細かい水滴にして空中に飛ばしたもの。)
漚[オウ](ひたす)
瀆[トク](穴が空いて、水を抜き出す溝、通水路・通水溝)
三焦を決瀆の官と名付けられたのも諾(むべ)なるかな。
(また、上焦を同化作用・場、中焦を中間代謝作用・場、下焦を異化作用・場とする理論家・臨床家もおられますが、それぞれの場面とその働きを持つのは膜です)
 

リバイバル平成16年

 投稿者:素山  投稿日:2013年 8月13日(火)00時46分59秒
  新 春 放 談


 鍼灸を発展させるためには、鍼灸をこよなく愛し、これに命を懸ける鍼灸師の熱誠を結集して行く必要があります。一県師会で鍼灸専門学校を立ち上げられた佐伯正史先生(兵庫県鍼灸師会会長・兵庫鍼灸専門学院理事長)、小児ハリを世界に広めるべく東奔し、西走しておられる谷岡賢徳先生(兵庫鍼灸専門学院講師)の鍼灸への燃える情熱を伺いました。

河野
いつも谷岡先生と私が飲むときは、私は谷岡先生のことを「バカだバカだ」と言うんです。「あなたはハリの大バカ」だと。先日いつものように二人で飲んでいる時に佐伯先生の話題が出まして、佐伯先生はどうなんですかとお聞きしましたら、「彼はハリの超バカだ」ということでしたので、是非超バカのお話をお伺いしたくて今日の放談会となりました。どうぞ宜しくお願いします。
佐伯
 私が鍼灸にのめりこむきっかけを作ったのは谷岡先生なんです。
 明治鍼灸柔整専門学校(当時の名称)に蓬会という鍼灸学科の学生で構成する学生会があり、『蓬』という同人雑誌を発行していました。蓬会をつくり、『蓬』を創刊したのが明治1期生の谷岡先生で、その理由がいかにも谷岡先生らしいんですよ。
当時の鍼灸に対する評価は現在より格段に低く、集まった1期生もショボクレが多かったので、何とか1期生の顔を上に向かせるために谷岡先生が例のひねくれ根性を発揮し、『蓬』に辛辣なことを書いてみんなの顔を上に向かせたというエピソードがあり

ます。それに共感したのが谷岡先生が最も苦手とするタイプの米山博久先生で、私が明治に入学して1ヶ月経った頃に突然米山先生から『蓬』の編集をやるようにいわれ、何のことかさっぱり分からなかったけれど、二つ返事で引き受けたんです。これが間違いのはじまりです。

 それから『蓬』の歴代編集長との座談会で谷岡先生と出会ったことが生意気な佐伯と、私が鍼灸の道にどっぷり漬かる基になった訳なんです。
河野
 『蓬』の話は谷岡先生に伺っていましたが、この前『医道の日本』で佐伯先生が書かれておられましたのでこのことだなと思って読ませていただきました。明治には半年遅れて入学されたのですか。
佐伯
 明治が秋に生徒募集をしたのは、あの年だけなんですよ。秋期入学生だけで1クラス編成するという約束が10人ぐらいしか集まらなかった為に半年早く入学した人達と同じクラスに編入されました。まあ、ペテンに遭ったようなもんです。しかし4月に順当に入学していたら『蓬』もやらなかったし、おそらく谷岡先生とも出会わなかったでしょうね。
 縁って不思議ですよね。
河野
 先生も私も谷岡先生とは随分ご縁があるんですね。
佐伯
 谷岡先生の持っている求心力はすごいですね。ご本人を前にしては言いにくいけど・・・・。
 でも、そういう鍼灸バカの力を結集すれば、この業団ももっと良くなると思いますが。
細かいことに腐心して小さなことばっかりやっているように感じます。もっとスケールの大きい人が出て来ないかなと思います。
谷岡
 そうね、小さいことをちまちまやり過ぎやね。


河野
 ところで、兵庫鍼灸専門学院はどんな学校ですか。例えば教育方針とか建学の精神とか・・・。
佐伯
 何とか方針などという大げさなものではないですが、教育現場の主役は生徒であって、教員でも経営者でもない。いくら先生が輝いていてもしょうがない。生徒の顔が輝いていないとどうにもならない世界ですよ。生徒の顔を輝かせる為の教育環境整備が我々の仕事であると思っています。
 多分うちの学校だけと違うかな、毎週火曜日の夜9時に集まって日付が変わるまで運営会議をやっているのは。うちは経営じゃないんですよ。経営は金儲けでしょ。
 私たちは運営会議でして、生徒を中心にどのような運営をしていくかがテーマです。
 それに賛同して頂ける教員を集めました。谷岡先生に教員をお願いする時にこう言いましたよ、「谷岡学校をつくって」って。
谷岡
 確かにその通りにさせてもろてるよ。有りがたいことです。
河野
 谷岡先生の中にそれだけの熱意があるから口に出来る台詞ですよね。そうでなかったらとても言えませんよね。
佐伯
 私は鍼灸が大好きで、ただ好きというだけでやっているから、私のように鍼灸を好きになってくれる人を育てたい。言うてみればこの場の三人のような鍼灸バカを如何に育てるかをテーマにしてますよ。
谷岡
 理事長が、生徒の登下校時に玄関に立って生徒を迎え、見送る学校なんてあらへんでー。職務が多くてたいへんだろうに、それでも時間を作って生徒に声を掛けてる。わしもこのごろ立ってたら、それを見た教員が、「谷岡先生、何でこんなところに居てんの」「先生を迎えるために立ってました。どうぞお入りください」 そういうとケラケラ笑いよるねん。
その笑いよった教員がまた立ってんねん。そういう雰囲気がこの学校にあるんや。教員もご苦労さんやけどそれ以上に学生に、今日はどないや?大丈夫か?という心で迎えること、これが大事やね。顔見て分かるねん。それが臨床家や。
佐伯
 ちょっと違うね。私は理事長やと思うてたら生徒を迎えたりしませんよ。鍼灸分野におけるお前たちの先輩や。先輩として後輩を見るぞというスタンスやから、「お前、顔色悪いぞ、ちゃんとめし食っているか」とか、声をかけられるんですよ。
谷岡
 ぱっと見たらそれが分かるからな、これが臨床家の強みや。

佐伯
 これもまた私の勉強なんですよ。登校してくる生徒たちの顔を見て、瞬間的に体調判断ができるかという訓練ですね。
谷岡
 その通りやね。やっぱり臨床家や。
佐伯
 私は業団の人間ですから、そのスタンスで鍼灸師を育てたい。そういう学校があってもいいと思いますね。
谷岡
 この前、言うた通りの超バカやろ。
佐伯
 何を言うとるんですか。鍼灸バカの基を作ったのは谷岡先生でしょうが。
谷岡
 そうでしたな。ところで、すごいな、うちの生徒。先般の金沢での日鍼会学術大会で、会場募集の実技モデルは兵庫鍼灸の学生ばかりやった。自分がモデルになって、その治療法の特徴を自分の肌で感じ取ろうとしている。他の学校にはあんな姿勢ないで。
 これは、鍼灸は実践しないと分からんということを知ってるから。受けてみな分からんことを知ってるから、ああいう態度に出られるねん。あの意気込みは、因習というものを完全に打破している。これを突破口にして欲しいわ。
佐伯
 僕、この仕事をし始めてから、随分生徒から教えてもらいました。今まで全く意識して居なかったことを意識させられました。生徒すごいですよ。
これまで当たり前やと思って見過ごしていたことが実際には実に奥深いことやったりしてね。臨床にどっぷり漬かってしまって気がつかなかったことを生徒の素直な眼で指摘される。だから楽しいですよ、生徒と接するのは。
河野
 いいですね。羨ましい限りですね。
谷岡
 わしの治療法もここ一年で随分変わった。ええ方に変わって来てる。
佐伯
 生徒たちに啓発されるんですわ。生徒たちに教えられますね。僕はこの仕事に携わってよかったないうふうにつくづく思っていますよ。そういう境遇に置いてもろうて、鍼灸業団というものを見つめてみると、実に下らん業団やなと思える処がある。勉強しない鍼灸師が多すぎるわ。
河野
 医療人なんだから、勉強、努力するのは当たり前なんですがね。当たり前のことが出来ていないというのは悲しいことですね。



谷岡
 鍼灸師も一ぺん教壇に立ってみろ。学生にコテンパンにやられてみれば分かるんや。
河野
 人にものを教えるということはすごいことですからね。
佐伯
 河野先生、私たちの学校は今春初めて卒業生を出すんですが、今回ね、実にいい卒業試験が出来ました。あんないい卒業試験が出来るのはうちぐらいかな。
谷岡
 そうやったな、実技の卒業認定基準を発表したら教員から総スカンくったんやから。
河野
 どんなことをされたんです。
佐伯
 判断基準はね、生徒たちが臨床の世界で生きていけるかどうかというものなんですよ。取穴とか検査法がどうとかいうような問題じゃないんですね。多分他校はより客観性を求める方向なんでしょうけど。
谷岡
 要は患者に適切な声かけが出来るかどうかなんや。今のハリどんな感じですかとかね。お灸の感じ如何ですかとか、日頃よく眠れますかと言うような、臨床の中で言うべき言葉があるんやね。
 鍼の技術も確かに大事やけれど、単一的なことよりも、臨床全体として成り立っているかどうかを基準においたんや。
佐伯
 見方によったら実に高度な卒業試験やね。うちだけと違うかな。
河野
 臨床そのものを基準にしたんですね。
佐伯
 それも25分間ですよ。診察から検査、治療して生活指導まで。
谷岡
 25分間の試験の後、10分間で
カルテを書く。
佐伯
 こんな難しい試験はないですよ。ところが生徒たちもさるもんですな。谷岡先生が、手が震えたらいかんぞ、患者の表情を見なかったらいかんぞ、と試験前に予告していたわけですよ。生徒は生徒同士でね、痛いハリがあってもがまんして、とか。
 夜間部の連中はさすがに社会経験があるので、非常に込み入った芝居をやるんですね。ところが三文芝居やから、そんなハリで腰の痛みが取れるわけないやろ思うのに、「よくなりました。」(大笑い)
谷岡
 言葉やないんや。モデルになってる学生の表情で分かるンや。その辺はベテラン鍼灸師がいる兵庫鍼灸専門学院やから出来る試験や。
佐伯
 何ぼ言葉で楽になりましたと言うてても、ほっぺたが引きつっていたりする。
谷岡
 それを評価できる試験官がいてる。
佐伯
 でも、あの試験方法は、よその学校では通用しませんな。
谷岡
 あたり前や。絶対通用せん。そんな評価できる試験官がおらへん。
河野
 しかし、学生同士で打ち合わせして、そんな芝居が出来ただけで合格じゃないですか。
佐伯
 だけどあのように臨床家としてやっていけるかどうかということを判断基準に置いた卒業試験をやれる学校というのは、あまり無いやろなと。それは、僕らはあくまでも臨床を教えるという立場で学校を立ち上げましたから、そういう試験のやり方になったんですよ。
河野
 各学校の要覧などには、立派な鍼灸師を育てる、臨床家を育てると一様に書いてあるでしょう。それならそういう教育をし、そういう視点に立った試験でなかったらいけないんですね。そうでなかったら看板に偽りありですね。
佐伯
 真の臨床家とは一体なんなのか、難しいテーマですよね。しかし、これからも追求していきますよ、谷岡先生や野々井康治先生達とね。
 河野先生、私は生徒たちにこう言ってるんですよ。「あなたにとって、いい先生とはどんな先生?じゃ、そのいい先生を目指しなさい」とね。
谷岡
 それは、臨床家やから言える言葉や。
佐伯
 その、いい先生像を求めてやっていけばまず間違いないと思います。いい先生像は、それぞれにいろんな基準があって、それぞれ違うでしょうが、あくまでもいい先生を目指して欲しいですね。
河野
 素晴らしい教育ですね。
佐伯
 私が患者の立場だったら、いい先生にかかりたいと思っている筈なんですよ。ところがそれぞれに、いい先生の基準が違うんですよね。だからそれぞれにいい先生を目指しなさいとしか言えない。大まかなくくりかたとして。
そうなれば素晴らしい臨床家が育つのではないかと思っているんですがね。
谷岡
 その通りや。だからこの学校で教えていて大変やりやすい。
佐伯
 だけど、先生方にもそれぞれ個性があって、生徒にも個性がある。だから、谷岡先生が一生懸命教えても、谷岡先生の感性と生徒たちの感性が合うかどうかという問題もありますわね。それで、合えばいいんだけれど、合わない時どうすればいいのか、そのフォローが必要なんですね。しかし幸いなことに、学校には立派な臨床家が多くいるんですよ。谷岡先生に合わない生徒には野々井先生がいる。沢山の引き出しを持っているんですよ。
生徒たちにはこう言っています。いいとこ取りしろって。それぞれの先生のいいとこ取りをしていけ、そして自分の治療スタイルを確立していけと言ってます。僕のやり方で治らんかったら、谷岡先生のやりかたでやってみろ、河野先生のやり方でやってみろ。やっぱり、引き出しが多いほどいいんですね。で、かわいそうにそこで迷うんですよ。鍼灸って、一体なんなんだろうって。(大笑い)こういうやり方も治る。こういうやり方も治る。こういうやり方は治らない。これも治らない。一体何なんだろう。それを端的にあらわした言葉が「ハリの響き、灸の温もり」
ハリの響きというのはものすごく奥深いと思いますね。今生徒たちにこの言葉をよく噛みしめて、ホントにそうか検証してみろ、と言っているんですよ。
ずっとそういうことを問い続けるといい臨床家になれると思いますよ。
谷岡
 学生のと違う。わしのテーマや。
佐伯
 僕のテーマでもあるんですよ。灸の温もりはある程度分かる。鍼の響きは難しいですね。このように、うちの学校は臨床を中心に据えて、臨床に必要なことは教えていくし、育てていくし、ということなんです。だから、卒業試験のテーマが、臨床家として通用するかどうかということが判断基準になったし、学校案内の中で謳ったのも真の臨床家を育てるということなんですが、
約束したならキチンとやれよというところで頑張っているところです。自分が言った約束を守れんようでは最愛の人から尊敬されへんと思いますね。
谷岡
 学生から尊敬される、少なくとも後をついて行きたいと言われる先輩になりたいな。
佐伯
 その通り。先輩になりたい。
谷岡
 それだけのことやな。あんまりおこがましいこと言えんようになってきた。
佐伯
 私たちは教育現場にいるんで、教育とは一体なんやろとよく自問自答するんですね。教育の主役は生徒である。生徒に一生懸命教えることだけが教育か?それは教だろう。教えてそして育ててこそ教育だろう。このように考えていますから、だから、生徒たちに何もかも全部教えるんではなくて、自分で考えて問題を解決する能力を身に付けさせようとしています。
臨床現場では自ら治療して患者から評価されるものですから、誰も助けてくれないですよね。だから、考える。問題解決能力を持つということが一番大事なことなんです。それをやるには、全部教えていいのか、やはり、生徒たちに考えさせて問題解決能力を付けさせていくのが一番大事であろう。ということになりますから、僕は全部は言わないんですよ。
「一週間考えてみな。一週間後にそのテーマについて話しようよ」ってね。
谷岡
 わしが理事長やって、君が実技の先生やれよ。そのほうがよっぽど合うてるで。最もわしが理事長になったら確実に学校がつぶれるな。(大笑い)
佐伯
 1期生の入学式で、やっと学校を立ち上げたとい
うようなうれしさは全然感じなかったですよ。何という大きな社会的な責任を背負い込んだんやろと。
学校を立ち上げた感慨よりもその責任の重さがずしりと肩に掛かった感じがしました。でもね、その時の気持ちを忘れんようにと肝に銘じています。
谷岡
 それを忘れん人やからな。アホなわりに急所だけはよう覚えてる人や。それが一番大事なことやからな。それが日頃の言動にすべて現われているからな、超バカや。




河野
 そろそろ本日の核心に入りたいと思いますが、鍼灸の業界や鍼灸の将来についてどのような方向性を描いておられますか。
佐伯
 03年度の師会長会議で鍼灸師単独法の話が出ていましたけど、何を今さらという感じがしましたよね。古い話なんですが、兵庫県では80年前、先輩達が「鍼灸医師法」の制定を目指して激しく運動したことがあります。今よりもっと鍼灸の社会的評価が低い頃にね。これらの先輩たちは、教育にも熱心で私塾を開いている方もおられましたので、鍼灸専門学校を創ろうという運動も連動していましたが、結局、両方とも実現しませんでした。しかし、このような考え方が兵庫県鍼灸師会の底流にあります。
今はいきなり鍼灸医師法という訳には行かないでしょうが、単独法にしても本気でやるつもりがあるんかいなと疑いますよ。つまり単独法と教育制度は密接な繋がりがあると思いますから、鍼灸の教育畑の方達と連絡を密にしてよく話し合わなければならないでしょう。
そういう下地ができているのかどうか。ちぐはぐな感じがしますね。鍼灸界の意思統一がされていないでしょ。
河野
 良く分かります。
先般、JACT(日本代替・相補・伝統医療連合会議)の大会があったので参加してきました。JACTは統合医療を進める立場であり、有能な実力者の集団なので、混合診療も必ず行われるようになると思います。という事になれば鍼灸師の生き残る道は鍼灸医の他に無い。
 西洋医学と、東洋医学は体系の異なる医学であるから、医師二制度は当然であり、教育制度を整えて、西洋医学に対峙できる実力をつけていかないと鍼灸師の生き残る道はないと考えます。
佐伯
単独法は、教育制度を抜きにしては考えられないのだから、真剣に考えるならもっと鍼灸界全体で話をすべきだと思います。
河野
 そのへんの戦略が見えてこないですね、今の論議の段階では。
谷岡
 全く見えないね。
佐伯
 鍼灸を一体どうしようとしているのかということが語られたら、会員も分かり易いと思いますが。
河野
 それは、鍼灸師会だけではなくて、日本の医療制度の中に鍼灸をどう位置づけるかという問題だと思うんです。
 鍼灸に医療の一翼を担わせるというんであれば、医師二制度になるだろうし、代替医療として使うだけというのであれば鍼灸師は切り捨てですね。
佐伯
 そこら辺になると政治家の役割が出てくると思うが、鍼灸師は力になってくれるロビイストを作るのが下手ですね。
谷岡
 外国では、西洋医学の限界を感じている。あまりにも副作用が多くて困っている。鍼灸はうまく使えば副作用が無い。彼らの目は副作用の無い、耐性菌の出来ない治療法に向いているから、目をこちらのほうに向わさないことには駄目だなという感じやね。
河野
 そうですね、鍼灸は外国で評価をされ、NIHでも実証研究が進みました。その流れを受けて、日本でもJACTが設立され、統合医療を進めようということに成ってきたわけです。
佐伯
 鍼灸が外国でそこそこの評価を受けるようになってきているが、北京の中医研究院に行くと世界各国から鍼灸を習いに来ている。まあ、カナダでは中国ハリの限界が感じられて日本のハリが注目されているという話も聞きますが、世界各国からは中国に習いに行っているんですね。日本ではなくて。
河野
あれは中国の国家戦略があったんですね。郭沫若のときに。日本にも相談があったそうですね、一緒にやらないかと。その話に乗っていれば日本の免許が世界で通用しているんですがね。その当時、鍼灸師にも政治家にもそういう認識がなかったということだと思います。
佐伯
 鍼灸師はもっと政治力を持たないと改善できない問題が沢山ありますよね。それに鍼灸師を養成する段階で臨床力の無い教員が多すぎるのも問題です。学者が教えてもいいですが、やはり、臨床力を持った教員が必要です。これを改善する為には、業団の果たす役割は大きいと思いますが。
谷岡
 確かにいい技術を持った鍼灸師が教育に携わらず、後輩に何も教えずに亡くなってしまう。これは鍼灸界の秘密主義が基本にはある。それを打破するのが学校制度や。佐伯さんはその打破の最先端やからな。何でもかんでもしゃべるからな。
 授業で失敗談からしゃべるねん。失敗例95%、成功例5%。こういう人が後輩を育てたら、いいものが育ってくる。そういう事に共鳴しているねん。
佐伯
 医者が治さんかったのを俺が治したとかね、こんなことを公言する独善的な鍼灸師は、やがて社会から淘汰されますよ。だって、鍼灸で治らない病気を医者は沢山治してますから。学校では淘汰されるような鍼灸師は養成しませんよ。
谷岡
 あたりまえや。なー。そのことに気がついたら大きなこと何も言えん。
佐伯
 腰が痛いのにおなかを診なかったから虫垂炎から来てる腰痛を見逃したとか、「気ぃつけよ君ら」そんな話ばかりするんですよ。
谷岡
 ほんまもんの教育してはる。それを学生の前でなー、しゃべるんや。こんな理事長は他におらへん。だから超バカ言うんや。
佐伯
 鍼灸教育にはもっと臨床家が必要ですね。臨床を知っておれば何が臨床にとって必要なのか、何を教えておかねばならないかはっきり見えてくる筈なんだけど、今頃になって、どうやって臨床を教えたらいいんだろうかと口にする教育者がいるのは驚きですよ。では今まで何を教えていたのかと言いたくなりますね。でも現実はそうなんです。
この学校を創った動機の一つに、臨床が出来ないという真剣な悩みを抱えて鍼灸師会に入会してくる人があまりに多過ぎるということがありました。
 優秀な鍼灸師を養成するためには、学校と業団が垣根を作っては駄目ですよ。互いに意見を出し合って良質の鍼灸師を育てないと。それが即ち業団の将来に繋がるんですから。
谷岡
 業界と学校とにね、やはり秘密主義が根底にある。
佐伯
 概ね、学校は業団に身をおく人たちが創った筈なんですが。
それから先ほど政治力を持つべきだと言いましたが、私が政治家に必ず言う台詞は、「日本の国民医療にとって鍼灸が必要でないなら鍼灸を潰せ、必要なら私たちが要望する前にきちんと活用しろ」なんですよ。
河野
 それですよ、それがあってしかるべきですよ。
それは、政治家が考えるべき問題ですよ。鍼灸という日本にいい伝統医療があると。西洋医学は頭打ちで副作用も多いし、世界的に見直されてきて、代替・相補医療などというものを取り入れていくべきだという議論が高まってきていると。そうしたら日本ではどうすべきかということを考えていくべきですよね。それが政治家ですよ。
 鍼灸と言うのは副作用もなさそうだし、よく効きそうだからこれを育てて一方の柱に仕立てようではないかというのが政治家であると思うんです。
佐伯
 ところが、政治家は自分の票に繋がることしかしない。もっとも、鍼灸業界も自分のことしか考えないですが。公益法人なのに公益事業があまりにも少ない。仲間同士で何かやってるだけで、社会に貢献すると言う視点が少ないですよ。
 西洋医学を抜きにして日本の厚生行政は考えられないけど、鍼灸師は社会貢献もせず自分たちの要求ばかり。これでは行政も鍼灸業界の要求は聞き届けられないという反省が無ければ、鍼灸師が発展することはないと思います。
 そういう意味で業界の抱えている問題というものはものすごく大きいんですね。
谷岡
 そういう意味で、山口県鍼灸師会が日赤の献血問題で行動を起したけど、これは社会的な視野に立った行動で非常によかった。ああいうことをすれば各師会かなり伸びるんや。しかし原則、佐伯さんの仰る通りや、わが身さえよかったらええんやからね。
佐伯
 山口県師会は粘り強くよくやりましたね。私はただ見ていただけやけど、ああいう積み重ねが、大きな力になると思うんです。単に山口県だけの話じゃありませんからね。
 魁より始めよという言葉がありますが、自分が行動しなきゃならんのに、誰かがするだろうと考えて実際は何もしないという姿勢、あまりにも強すぎますよ、この業団は。だから伸びるのが遅い。私もやるから君もやってくれ、君だけにやれとは言わん。
私もやるからという気持を結集すれば、鍼灸師の持っているパワーも馬鹿にできんと思うんですがね。だからまず、魁より始めよ。誰もがこの姿勢を持って欲しいですよね。
谷岡
 そういうやり方、いき方というものを佐伯さんは学生時代から持っていたね。その姿勢に賛同して、学校の教員要請が有った時に多くは出来んけど、出来るだけの事はしたいと思ったわけ。



佐伯
 今、業団は大きな節目を迎えていると思うんですが、最も求められるべきものはこれだと思ってます。
「気付いた人が先ず行動すること」 自分の出来る範囲内で。
河野
 そうですね。ほんと、そう思います。
佐伯
 今私たちは何をしなければいけないかということ、谷岡先生に求められることと、僕に求められること、河野先生に求められることはそれぞれ違うことがあるんでしょうが、それぞれの分野で誰かがやるんだろう、ではなくて、まず気が付いた奴から始める。
魁より始めよ、でなくてはどうにも成らんと思ってますね。それに賛同してくれる人をいかに集めるかでしょう。待ちの姿勢、便乗主義というものを絶対廃すべきだと思っているんですがね。
谷岡
 自分の想いとしては業界の持ってる力、あるいは個人の持ってる力の3分の1は教育に使わなければ、その業界は滅ぶ、というのが私の考えや。20年、30年来の私の考えですわ。
鍼灸の科学化ということで、私なりに活動してるんやけど、計器なんか学校で買うてもらいたい、どっかで金出してもらいたい思ってた。魁より始めよという言葉を聞いて目が覚めた思いや。今まで鍼灸で世話になってきたんやから、計器ぐらい自分で買ったらいいんやという気になってきたんやな。
今チャンス逃がしたら、わし、一生研究できへんやろな。乗りかかった船ちゅうのが有るからな。乗り損なったら一生鍼灸への恩返しができへん。自分の年齢考えたら。だから今やらなあかん。
佐伯
 山口県の、特に執行部の先生に、また全国の先生に、便乗主義やめろ。魁より始めよ。この言葉の意味をもっと噛みしめて頂きたいと思っています。
誰かがやるだろうでは無く、自分からやるという意欲を持つことによって、歯車は動かせるんだろうと思います。歯車が動いたらより大きな力に伝わって行きますから、そうすると山も動くのかなと思います。
多分私の目の黒いうちは駄目かも知れないが、その礎だけは作っておかなきゃという気になりますね。
その意味で、私たちが背負ってる責任はすごく大きいし、鍼灸の将来の方向性を決める大事な局面と思えて仕方がないんですが。
河野
 ほんとに、曲がり角だと思いますよね。転換点に置かれている。
佐伯
 危機感などという大げさな言葉は使いたくないんですけど、やはり、そういうふうな意識を常にもって行かんと鍼灸は一体どうなるんだろうかと思いますね。でもうちの生徒はそういう事を考えてくれるのを集めているつもりなんでね。
谷岡
 厳しいのがいるんやで。秘密主義やとか、鍼灸師は勉強せんとか。学生の感想文読んだら身がちぢみ上がってくるわ。
佐伯
 やっぱり鍼灸師には、自分からやるという姿勢が一番足らんのとちがうかな。
谷岡
 自分のことに素直かどうかと言うことやろね。
河野
 ほんとに、史上に残る偉大な人物のやってることを見ても、一直線ですよね。貫き通すという。
佐伯
 歴史のことを見ても、全部自分のためなんです。
人のためじゃないんですね。人の為は偽りと読むんですね。人のためではなく、自分のためなんです。そういったところで、自分は一体何が出来るのかということを、僕はいつも考えていますね。
大したことできへんけど、自分の出来る範囲内でどうもがいてやろうかと。棺おけ入ってからどうもがいてやろうかと考えていますよ。
谷岡
 お前らしいな。わしは、自分の好きなことをして、これし残してる、あれし残してる。全く自分のためですわ。兵庫鍼灸は好きなようにやらしてくれる。
佐伯
 そういう意味でそれぞれの立場でやれる事ちゅうのが有りますから、それぞれの立場で出来る範囲で頑張らなきゃいかんと思いますね。だから、兵庫県もやりますから、山口県もよくなってくださいよ。
一人一人がどうするかにかかってますよね。
谷岡
 一人一人を育てていかな。豆拾い上げるようなもんや。技術の世界やからそないなるんや。
河野
 僕なんか一人でも育てられたらすごいもんだと思うんですが、先生方はそうやってどんどん育てておられる。
谷岡
 育ててるんと違う。育てられてるんや。
佐伯
 この度、鍼灸教育に手を染めるようになって思うんですが、鍼灸業界をリードしていくのは業団であろう。その業団が教育界を無視しては業団は成り立たないであろう。
 従って、教育界も業団を無視して鍼灸師を養成してはいかんだろう。教育界と業団とは一体となって教え、育てていかなくてはならないと強く思います。
 そうでないと、鍼灸や鍼灸師の発展は無いのではないか、そう思えて仕方が無い。
谷岡
 教育は絶対先行してやらなんだらいかん。業団がどうのこうのということはあるが、今の業団の考えに全然おもねることはない。教育機関はこのことを強く意識すべし。
いろいろ言うけれど、教育界が絶対に指導せんことには理想的なもんには近づけない。今の業団は秘密主義の固まりやから、あんなところにこだわっとったら、ろくなことにならん。新しいかたち、特に世界を見据えてグローバルに西洋医学の限界ということも含めて、世界的な視野に立ってやるというところに視点をおきたい。そういうところは佐伯さんと意見は一致してると思う。
こういう機会今まで無かってん。ええ機会作ってもろうてな。バカ会談させてもらえる。そしてお互いに気持が通じる。
佐伯
 先生、これが対談かいな。
谷岡
 ちがうなー。放談やな。
河野
 日鍼会の会長とか、他の県の会長とかと、こんなふうに話されたことがありますか。
佐伯
 有ります。有るけど議論として発展しなかったですね。少し寂しい気はしますけど。でも、それぞれの考えがあって、それぞれの組織を率いてやっているんだから、それはそれでいいんだとは思っているんですけど。
谷岡
 そりゃね、教育に対する熱意のかけ方の差ですわ。僕は常に、自分の一生におけるエネルギーの3分の1は掛けないけないと考えてるけど。
多くの人は金儲け、業界の発展とか言うけど、それは、その人の思うている現時点の発展であって、100年先の業界の発展とは、あるいは、対世界における発展とは全然ちがうからね。その辺で基準の差が出てくると思う。
河野
 私の今の感触としては、も少し探せば、打てば響く人がいるんじゃないかと思うんですが。
佐伯
 いるんですよ、例えば今晩でもそうなんですが、河野先生と私は、今まで親しく話をしなかった。
いわゆる、胸襟を開いて話をする機会が無かった。で、全国の業友にそういう人居るんですよ。だから、やっぱり志を同じくする連中を集めないかんのですよ。
谷岡
 第2弾を考えないかんな。
河野
 僕は今そう思ったんですよ、手前味噌になりますが、この企画良かったなーと思ってます。
谷岡
 そういう企画が、これで5~6名、7名ぐらい集ったらすごい力になる。
河野
 これ、いいんじゃないかなと、今ひょっと思ったんです。
佐伯
 僕のモットーは魁より始めよ。気がついた奴からやれということですよ。
河野
 それで、気がついたらやれと言うんだけれど、やっぱり縁というのがあって、因と果、果を得るためには縁が要るわけで、その縁というのを設定しなければいけないんじゃないですか。
谷岡
 この人、佐伯に任せてみい、何ぼでも火付け役やるから。
河野
 それが結構早めるかも知れませんね。
佐伯
 真面目な人、多いと思うんです。
谷岡
 居てるんや。ただ何していいか分からん。
河野
 そうそう、そして火が付かない。縁が無いから。多分じりじりしている人が結構いると思いますよ。
佐伯
 昔ね、日本鍼灸師会の連中が結構まとまっていたというのを、大阪の荒川先生に聞いたんだけど、昔は日本鍼灸会館の5階に宿泊施設があって、そこへ泊り込んで侃々諤々議論したって。
河野
 佐伯先生、今度鍼灸会館に泊まりこみましょうか。皆を集めて。
佐伯
 侃々諤々やって、お互いの考え方が分かる。だから、ああいうふうなまとまり方が出来るんだろうなと思います。そういう機会が無さ過ぎるんだろうと思います。それで建前ばかり言っている。
本音が聞けないですよ。河野先生が何を考えているのか、建前だけの師会長会議に集ったって分かりっこないじゃないですか。本音で徹夜して、あくる日師会長会議では全員寝ている、なんてことになったら面白いですね。
谷岡
 昔、青年部がそうやった。
河野
 それは是非やらなきゃいけませんね。大体谷岡先生とはそうなりますが。
佐伯
 やっぱり、本音で話さなければ意味ないですよ。僕は何処へ行っても本音でしゃべるから、お前は口の悪い奴やと言われる。でも、いいじゃないですか、こういうふうな人間一人ぐらいいても、という具合にしゃべっているんですがね。だから、やっぱり、業団の人間が、言葉少なくなったらどうしようもないぞという感じ持ってますよ。
                     了

この後も放談と呼ぶに相応しい時が流れました。・・・・・・・・・。
鍼灸の将来のために何事かを為さんと思いながら、じりじりしておられる方、機会を作って徹夜で語り合いましょう。
 (文責 河野)










 

日本文化

 投稿者:素山  投稿日:2013年 7月16日(火)20時55分34秒
  [常識を覆し、新たなブランド価値を創造したKARAFURU
 商品づくりは、まさしく職人とのコラボレーション。黒田も職人もアイデアを出し合い、新たな価値を創造していく。 たとえば、黒田が2つの宝石を金の縁で繋げたいとアイデアを出すと、職人が「金継ぎ」という技法を使えばいいと返し、漆で宝石を繋ぎ、これまでにない洗練されたジュエリーが生まれた。 また、漆で描いた絵に金属粉を蒔く「蒔絵」をパールに施し、色鮮やかなアクセサリーが出来上がった。完成した商品を展示会へ出品すると、想像を超える反響があった。特に、宝飾業界のプロフェッショナルがKARAFURUを高く評価した。 これまで宝石に絵を描いたり、穴を開けずに金属装飾を施したりすることは不可能と思われていたが、KARAFURUの商品は常識を覆したばかりか、宝飾品の輝きに負けない伝統工芸という価値を付加することに成功していた。 固定観念にとらわれない黒田の発想力と、日本の歴史と文化を背負う伝統工芸の技術、そして職人の熱意と工夫が絶妙のバランスで融合し、KARAFURUという新しい価値を持つブランドが誕生したのである。
伝統工芸を通じて日本の魅力を世界に発信したい
 百貨店の催事場で、20代前半の若い女性が「蒔絵ってカワイイ」と目を輝かせていたこと、10代と思われる若い女性が「お金を貯めて必ず買います」と言ってくれたこと、百貨店を何周もまわった末、売り場に戻り「彼女のプレゼント、やっぱりこれにします」とうれしそうに買ってくれた若い男性、そんな瞬間に立ち会うと黒田は心の底から嬉しくなる。「伝統工芸に興味のなかった人がKARAFURUと出会って蒔絵や組紐などの良さに気付き、それを身に着けることで伝統工芸の魅力に目覚め、日本に誇りを感じてもらえたらうれしいですね。極端な言い方ですけど、それが国力を高めることにつながるかもしれないと思っています」と黒田は笑う。

 日本の伝統工芸を現代ファッションと融合し、文化の継承と新たな価値の創造という道を拓いたKARAFURU。今後は、さらに多くの伝統工芸を取り入れて海外にも商品を展開し、「MAKIE」「URUSHI」「KUMIHIMO」のように世界の共通語として認識されるまで広めていきたいと、黒田は夢を語ってくれた。]

 鍼灸も日本文化である。日本鍼灸の良さは既に世界で認められている。あとはいかにマーケティングするかである。

 

鍼灸師法制定促進決議

 投稿者:河野 紘メール  投稿日:2012年 3月 5日(月)10時04分13秒
  鍼灸師法制定のための一里塚として全国の鍼灸師会で鍼灸師法制定促進決議をしてはどうかという提案がありました。これは国民へのアピールにもなりますし、我々会員の意識向上という効果があると思います。全国の鍼灸師会では通常総会が迫っていると思いますが、ぜひとも決議していただきたいと思います。これを日鍼会で取りまとめ、厚労省に要望するのです。
山口県では以下の決議文の草案を作ってみました。皆様のお力でより良い物にしたいと思いますのでご意見を投稿していただきますようお願いいたします。

決議文

 我々山口県鍼灸師会会員は、鍼灸を取り巻く諸情勢は日本鍼灸が存廃の岐路にあることを示しており、これを防ぐには鍼灸師法制定が是非とも必要であると考える。漢方薬や鍼灸は、明治の医療制度改革によって、その発展が阻害されたにもかかわらず、国民から一定の支持を受けている。それはその有用性からである。しかし現状ではその真価を発揮できているとは言い難い。
我々は、鍼灸師法を制定しその基盤を強化し、鍼灸の学術を高めるならば、今日の医療に大いに貢献することが出来ると考える。このことは世界的な統合医療化の潮流の中にあって、その強力な推進手段である鍼灸を擁するわが国の責務でもある。是非とも国策としての推進を政府に要望するものである。
以上決議する。

 

レーザー三船

 投稿者:toshichanmanメール  投稿日:2012年 2月13日(月)04時38分57秒
  20年前より、低出力レーザーの医学への応用を模索している精神科医です。
福岡大学スポーツ医学研究所の向野先生の処へ行っていましたが、8年前より、故郷の長崎へ帰ってきています。

福岡では向野先生の高校時代の友人の脳外科医院で鍼の方が多かったと思いますが、治療に専念してきました。
しかし、望郷の念と親への孝行のため鍼を捨て、長崎へ帰ってきました。

現在、週末連続当直の三日目の朝であり、疲れ切っていますが、こういうカテがあったことを始めて知りました。
低出力レーザーは医療器機で購入すると余りにも高く付きます。
レーザーポインターとして中国より輸入すると非常に安くで手に入ります。
しかし、電子技術の知識がないと改良することができません。
私は現在、その改良に苦心惨憺しています。

先進性のない精神科では低出力レーザーの応用は不可能に近いです。自分で開業するしか手はありませんが、開業は極めて困難です。
インターネット上に私の書きかけの論文があると思います。
行方不明になった書きかけの拙い論文です。推敲して完成させる気力はありません。

20年前、大学病院で低出力レーザーを使用し、大学病院から追われ、苦労しました。
脳外科は先進的ですが、精神科は余りにも保守的で、低出力レーザーは禁忌です。

また、訪問して勉強させて貰います。


 

test

 投稿者:kounoメール  投稿日:2011年12月21日(水)22時20分44秒
  test  

第154回福岡県鍼灸治療学会のご案内

 投稿者:四元 麻比児  投稿日:2010年 8月 6日(金)14時16分15秒
  (社)福岡県鍼灸マッサージ師会第四区学術委員会
の四元 麻比児(よつもと あさひこ)と申します。
よろしくお願いします。

さて、昨年に引き続きご案内致します...。

下記の要領で福岡県鍼灸治療学会を開きます。
参加費は無料(会員・非会員・一般をとわず)になっています。
また、会場はJR小倉駅から徒歩7~8分の場所です。



第154回福岡県鍼灸治療学会兼第38回生涯研修会
(市民公開講座)プログラム

"平成22年9月5日(日曜日) 受付 午前9時30分
 開会午前10時~午後4時40分
会場:西日本総合展示場新館AIMビル3階会議室(311~313)
北九州市小倉北区浅野3-9-30 電話093-541-5931
http://www.convention-a.jp/sponsor/aim3f/
http://www.convention-a.jp/access/

会費:無料

  <研究発表>
1.「『経絡体操』と『経絡テスト』を用いた東洋医学の実践」       北九州市師会
  林 千佳
2.「灸は救に通ず」       北九州市師会  澤田 ハツヱ
3.「膀胱炎の一症例」       久留米師会  山田 竹弘

〈市民公開講座〉
『リンパ浮腫に対する複合的理学療法』    福岡医療専門学校鍼灸科学科長     小早川 静泰 先生

    ・・・・・・休憩・昼食・・・・・・

〈市民公開講座〉
『健康百余話』    済生会八幡総合病院院長     松股 孝 先生

〈特別講演〉
『超旋刺-その心とわざ』    前日本伝統鍼灸学会会長・弦躋塾塾長
                    旭日双光章受章(22年度春)     首藤 傳明 先生

以上
 

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